僕だけが知っている ※年齢操作プラス五歳 (かんみや様宛て捧物) 「先生、『ケマトメサブロウ』って名前のフリーの忍者、知ってますか?」 「『ケマ』?ああ、知っているぞ。若手忍者の中でも一、二を争う実力者で、我が学園の卒業生だな。それがどうした?」 「僕、ケマさんみたいなフリーの忍者に憧れているんです。…それで、一体どんな方なのかなぁって」 「ふうむ…そうだなぁ…」 *** 「…殿、殿!お逃げください!敵は既に門内まで侵入しています!」 夕陽を雨雲が覆い、すっかり暗くなった城内に、男の怒号が木霊する。 己の茶室で一人茶を点てていた城主がその声の方を振り向くと、息を切らした足軽姿の男が襖を乱暴に開け、城主の元に駆け寄ってきた。 「て、敵だと!?」 「は!わたくしは二の丸の伝令で御座いますが、西の麓から、総勢五百人にも及ぶ兵が押し寄せております!」 「五百人!?一体どこの輩が、この城に攻め入っているんだ!?」 足軽の男が告げた城の名前に、城主は目を見開く。 「それはつまり…私は謀反されたということか!」 攻め入ってきたというその軍は、城主の配下が出城として納めていた城のものであった。 「なんと生意気な…彼奴、絶対に許さん…」 「殿!そのような事を言っている場合ではありません!早くお逃げ下さい!」 「あ、ああ!だ、だが、ちょっと待ってくれ」 城主は、急かす足軽の言葉を遮り、茶道道具入れの中から茶杓を取り出し、掛け軸に駆け寄ると、その裏に手を差し入れた。 「殿!」 そして、その掛け軸の裏、壁に開けられた小さな穴に、茶杓を差し込む。 「何をしていらっしゃるのですか、早く!」 すると、カチリ、とからくり仕掛けのような音が鳴り、穴の下の壁が、一部だけ剥がれ落ちた。 「もしかすると、敵軍は既に本丸に足を踏み入れたかも……殿?いかがされましたか?」 城主は、たった今剥がれ落ちた壁の一部を手に取り、裏返した。 そこに張り付けられた、表面上は敵対関係にある国と隠密に交わした同盟状を確認し、ほっと胸をなでおろす。 「殿、一体何を…」 これが万が一、他人の目に触れでもすれば。 自国が結ぶ数々の同盟関係に大きな亀裂を生んでしまう。 「………」 城主は安堵の溜息をついた後、その壁の一部を懐に入れようとして、 「…ありがとう、それが欲しかったんだ」 突然、足軽の男に腕をキュッと捻上げられた。 「な、何をする?」 「ん?別に何も?ただ、アンタが後生大事に保管してるその同盟状が欲しいだけだ」 「何だって!?さてはお前、我が城の足軽じゃないな!?」 「御名答。ある人物に依頼を受けた、忍の者だ。アンタ、なかなか頭の回転が速いみたいだな。…それなら、どうするべきか、分かるよな?」 足軽の格好をした男はニヤリと笑い、城主の首筋に棒手裏剣を押し当てた。 ヒンヤリとしたその感触とは逆に、頭に上る血は沸き立つほどに熱い。 「わ、分かった、この同盟状は渡す!だから、命だけは…」 「ああ、大人しくそうして貰うと助かるな。俺は極力、ヒトゴロシなんてしたくない。それに、この任務は急を要するんだ」 そう言いながら、男が手刀で城主の首元を一撃すると、城主はあっけなく気を失う。 「よし、任務完了。……悪いな、お殿様。ちょっと手荒だけど、俺、今日急いでるんだ」 その男…食満留三郎は、同盟状を懐に収めながら、いつの間にか降り出した雨の音に耳をすませて微笑んだ。 「今夜は可愛い恋人と、久々の逢瀬なんでな」 *** 「…ケマトメサブロウは優秀な忍者だ。与えられた任務は、どんなに困難なものでも必ず成功させる」 「へぇ、凄いですね!格好良い!憧れます!」 「格好良い…ねぇ。まぁ仕事中はそうかも、な」 「…先生?」 *** 「うわぁ、」 まだ半分夢の中にいた文次郎の耳に届いたのは、紛れもなく留三郎の声で。 重たい目蓋を上げながら横を向いた文次郎は、留三郎の背中に話し掛ける。 「…なに、どうした?」 上体を少し起こし、窓の隙間から外を覗いていた留三郎が振り返り。 その切れ長の目が、文次郎を捕らえて微笑んだ。 「おはよう、文次郎。…と言っても、お前が仕事に出掛けるには、まだ早過ぎる時間だけどな」 そして体を布団に戻すと、唇にチュ、と軽く口づけを落とす。 「雨風が凄いんだ。外の木が、幹ごとぐゎんぐゎん揺れてる」 そう言いながら、文次郎の額の髪をそっと払い、今度はそこに唇を落とす。 「へぇ」 文次郎は、なんだか擽ったい気持ちで窓の方へと視線をずらした。 しかし、横になったままの目線からでは、留三郎の肩口と、灰色の空しか見えない。 「文次郎、外なんていいから、俺を見ろよ」 「……お前はどうして、そうも思った事をすぐ口に出来るんだ?」 「だって、久しぶりの逢瀬だぜ?言わなきゃ勿体無いだろ?俺、お前に早く遭いたくて、同盟状を手に入れろ!っていう昨日の仕事、すげぇ頑張って終わらせて来たんだ」 「………俺も…」 「えっ?なに?」 「いや、何でも無い」 「文次郎はすぐそれだ」 そう言って、口を尖らせる留三郎。 「はいはい、すまん、悪かった」 文次郎は、もぞもぞと布団の中から手を出して、留三郎の跳ねた髪の毛に触れた。 雨の朝の光は柔らかい。 時間だって、いつもよりゆっくりと流れていく気がする。 「へへっ」 「なんだよ急に」 「何か、嬉しいなと思って」 「嬉しい?」 キョトンとした文次郎に、留三郎は本当に嬉しそうな顔でまた笑う。 「だってこれ、文次郎と雨の中に閉じ込められたみたいだろ?」 「…閉じ込められて嬉しいのか?」 「だってだって、俺とお前の二人っきりだぜ?温かいお茶でも飲もうかなとか、一緒に朝飯作ろうかなとか、それともこのままもう少し戯れようかなとか、考えただけで幸せじゃないか?」 …………。 「文次郎、」 「うっさい!」 「文次郎っ」 「あぁもう、言うな!」 とさりと組み敷いた文次郎を上から見下ろして、これ以上ないと言うくらい満面の笑みを浮かべる留三郎。 文次郎は込み上げてくる感情を、顔を腕で覆い、隠そうとした。 「文次郎ってば、赤くなって可愛いっ!」 「だ、だから言うなってばっ!ちょっ、盛るなこのバカタレ!俺は今日も教壇に立たなくては、んんっ…!」 *** 「………あの潮江先生、どうされたんですか?急に顔を赤くして…?」 「あ、いや、すまん。うっかり顔に出てしまったか。まぁ、なんと言うか…ちょっとばかり、今朝の事を思い出して、な」 「今朝?」 「ああいや、何でもない。それと、さっきお前はケマトメサブロウの事を格好良いと言ったがな。俺から言わせればあんな奴、」 “こらえ性の無い、ただの甘えん坊だよ” ←main |