誓いのキスを、今ならきっと。




 潮江先輩、好きです。

「団蔵。お前の気持ちは、良く分かった」

 あれからもう、一年が経ちました。

「ありがとう。だが…」

 貴方は今どこで、何をしていますか?

「………すまない」

 僕の気持ちは今も、あの時と変わりません。

「“今”は、お前の気持ちに答える事ができない」

 潮江先輩、大好きです。



***



「左吉、どうだった?」
「ああ。ほら、あそこに二股に分かれた川が見えるだろ?多分、その先のどちらかに先生方が言っていた祠があるんだと思う」
「多分って…そんなんで、大丈夫なのかよ左吉ぃ…」
「お前のせいだろうが、あほのは組の団蔵!お前が祠までの地図を無くすから、こんな風に苦労してるんだ!」
「左吉だって、方位磁石を奪われたじゃん!あれがあれば、こんなに道に迷わなかったって!俺のせいにばっかりするなよ!」
「そ、それは…だ、大体、大事な卒業試験で、何でお前みたいな奴と僕がペアを組まなきゃいけないんだ!」
「それは委員会のよしみだろ、会計委員会副委員長?」

 会計委員会委員長である六年は組の加藤団蔵は、同じく副委員長の六年い組仁暁左吉に、ニカッ、と爽やかな笑顔を向けた。



***



「はあ、はあ、はあ、」

 体勢を低くして、夜の森を駆け巡る。
 団蔵は左吉と別れ、右に流れる川の岸に沿って森の中を走っていた。

 今宵、団蔵と左吉の挑む試験は、卒業の合否を決める大切な試験である。
 二人に課せられた課題は『明日の明け方までに、とある祠に隠した巻物を見つけ出す』という単純なものであったが、途中何者か(おそらく教師陣と思われる)から妨害を受け、その祠を見つけ出すことが出来ずにいた。

『とりあえず、二手に分かれて進もう。もし見つけたら狼煙を上げる。いいな?』

 そう言って左吉と分かれて早一刻、森は途切れることなく、例の祠が見えてくる気配もない。

「…こっちじゃ無かったのか?」

 先程、左吉と行動していた時まで続いていた何者かによる妨害も、自分一人になってからはぱったりと無くなった。
 これは左吉の行った左の川が正解だったか、そう思った瞬間、背後の木の後ろに気配を感じ、団蔵は身体を反転させる。

「っ、!?」

 振り向きざまに、手裏剣が顔の横を掠めていった。

 団蔵は身を屈め、それから地面を鋭く蹴り上げる。

 気配を感じた木の後ろへと移動し、そこに誰もいないことを確認すると、さっと上を向いた。

「…………」

 相手は気配を消し、この森に同化している。
 しかし、先程まで団蔵たちを妨害していた教師陣からは感じ取れなかった殺気が、この相手には確かに備わっていた。

 相手が何者なのかは分からないが、どうやら団蔵は敵と間違われ、攻撃を受けているようであった。
 団蔵がもし、無邪気な一年生だったのならば、まちがえてますよー!と大きな声で言っただろう。
 しかし、もうすぐ学園を卒業し、プロの忍者になると決めたからには、そのような情け無いことなど出来やしない。

 ならば。

「…やるしかない」

 団蔵は五感を働かせ、目を閉じた。








『いいか、団蔵』

 風の音と共に頭の中に流れ込んでくるのは、愛しい人の懐かしい声。

『お前は何かと詰めは甘いが、忍者としての勘は良い』

 団蔵の右肩後方、数尺のところで、風の向きから外れた草の気配を感じた。

『だから、まずはその勘を信じて行動して見ろ。そして最後まで気を抜かなければいい』

 耳をすませて、相手の息遣いを探る。



 ……いや、そんな悠長なことは、性に合わない。

『兵は拙速を聞く、だ』

 団蔵は身体を反転させ、苦無を握り締めた手で右肩後方を鋭く薙いだ。

 その苦無がカツンと弾かれた音を聞き、とっさに顔を上げる。






 








「…………」
 

 団蔵は、相手の顔を見て目を見開く。


 うそ、まさか、そんな。








「……よし、合格だ」

 苦無を持った団蔵の手を受け止める、一回り小さな手。

「なかなか良い勘だ。まさか気付くとは思っていなかった」

 いつのまにか、逆転していた身長差と体格差。

「動きも、一年前より数段良くなっている」

 だけど、目の下の隈は未だに健在で。

「成長したな、団蔵」
「…し、」

 ニカッと笑うその顔は、今までも、そしてこれからも、焦がれて焦がれて仕方の無い相手のものに他ならない。







「潮江先輩ッ!」






そこには、黒い忍装束を着た潮江文次郎が立っていた。



***



「潮江先輩、潮江先輩、潮江先輩!逢いたかったです!俺、ずっと先輩のこと探してたんですよ!一緒の城に就職しようと思ったのに、どこの城で働いてるのか全然教えてくれなかったし、卒業してからは一回も学園に来ないし!」

 団蔵は文次郎の肩を掴み、それから抱きついた。

「先輩!俺、今度は諦めません!俺のこと好きって言ってくれるまで、離しません!」
「ちょ、こら、団蔵!」

 ぺしぺしと文次郎は、団蔵の背中を叩く。

「離れろ、呼吸がしにくい!」
「好きって言ってくれたら離します!」
「無茶言うな、死ぬぞ!」

 ベリッ、と音がしそうな勢いで団蔵を引き剥がした文次郎は、このバカタレ!と団蔵の頭を一つ叩いた。

 すると、団蔵の顔が嬉しそうに綻ぶ。

「相変わらずですね。その口癖も、照れると口が悪くなるところも。そんなところも好きですけど」
「お前は…ッ、恥ずかしげもなく飄々と…」
「俺、いや、僕は一年分の『好き』を我慢してきたんですよ?こんなんじゃ、まだまだ足りません」
「そ、それは…まぁ、後でゆっくり聞くから、まず俺の話を聞け」

 目をすっと細めた文次郎は、そのまま真剣な表情を作ると、こう切り出した。

「今回お前達が受けているこの試験だが…実は卒業試験ではない」
「え?」
「これは、就職試験だ」
「潮江先輩、何を言って」
「試験官は俺。受験生はお前、そして左吉。お前たちを、是非うちの城に雇いたいと思ってな。先生方に頼んで、お前たちの実力を見せて貰った。左吉の所には、俺の“部下”が行っている」
「………」
「道中、結構な数の罠を仕掛けたつもりだったんだがな。正直、思った以上だった。俺のところに来てくれるか、団蔵?」

 文次郎の手がすっと差し出された。

 団蔵はその手をじっと見詰める。








 成長を見守り続けてきてくれた大きな手は、いつの間にか自分のそれよりも小さなものになっていた。



 好きだと思った。

 守りたいと思った。

 それが叶わぬのなら、せめて側にいたいと思った。




「…嫌か?」


 不安そうな文次郎の声に、団蔵は首を振った。

 そして、文次郎の手を取ると、そのまま片膝をついてその場にしゃがみ込む。


「…団蔵?」
「僕は、先輩の事が好きです。僕はまだ未熟者で、先輩の役に立てるかどうかは分かりません。だけど、先輩の背中を守りたい」




 団蔵は、文次郎の手の甲を自身の唇に寄せた。










「僕の一生を、貴方に捧げます」








 大好きです。


 今までも。


 そして、これからも。





 その気持ちが肌からも伝わるように、団蔵は文次郎の手へ、誓いの口付けを落とした。



***



「潮江先輩、好きです」

 本当は、お前の気持ちは、とっくの昔に知っていたんだ。

「あれからもう、一年が経ちました」

 だけど俺には、真っ直ぐなお前の気持ちに、答えられる自信がなかった。

「貴方は今どこで、何をしていますか?」

 離れてみて、お前の存在の大きさが始めて分かった。

「僕の気持ちは今も、あの時と変わりません」

 自分の気持ちの、整理もついた。

「潮江先輩、大好きです」

 臆病だった俺を、どうか許してくれ。






“あの時”は、お前の気持ちに答える事ができなかったけれど、






「…………団蔵、俺は、」






“今”なら、そう、きっと。







END.



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