周回遅れのバースデイ

※現パロ大学生



 風邪を引いた。

 よりによって、自分の誕生日に。



***



 ピピピ…と脇の下で体温計が鳴り、留三郎はダルい手つきでそれを取り出した。

「八度七分…」

 口に出して余計にヘコむ。

 何で上がってるんだよ…。
 こんなに安静にしているのに。

 軽く逆切れしながら、布団にもぐり込んだ。
 視界の端に映る日めくりカレンダーの文字が、こちらを嘲笑っているようにすら思えてくる。

「…もんじろー」

 こんな日に風邪を引くなんて間抜けもいいところだ。


“誕生日、二人で過ごそう”

“せっかくだから、大きなケーキも食べたいな”


 そんな言葉も指切りも、全部全部水の泡になってしまった。

「…もんじろぉ〜〜」

 病気の時というのは、なぜこんなに人恋しくなるのだろう。
 なんだか名前を呼ぶたびに、目の奥がジーンと熱くなる。
 来たらうつってしまうから、来ないで欲しいと思っているのに、心のどこかで来て欲しいとも思っている。

「……もんじ…」
「何だ?」

 …………。

 え?

 え?え?

 ええええええええ!?








「何泣いてんだ?」

 文次郎が呆れ顔で、ベッドの横の椅子に座った。

「ど…どうしたんだ?」

 出来るだけ風邪をうつさないように、留三郎は口元を布団で隠した。

 …本物だよな?

 夢じゃないよな?

「どうしたって…見舞いに来たんだけど?」

 見舞い?
 文次郎が?

 あまりの現実感のなさに、猜疑心が留三郎の心に見え隠れする。
 留三郎が以前風邪をひき、大学を一週間休んだ時、文次郎からの連絡は初日の“大丈夫か?”の一言メールだけだったのに。

「ちなみにお前のおばさん、俺と入れ替わりに仕事出かけたからな。…それにしても………んー、結構熱あるな。きついだろ?大丈夫か?」

 額に当てられた冷たいけれど暖かい手。
 見たこともないぐらいの優しい顔。

「…文次郎が優しい…これ、夢か?」
「失礼な…まあいい、夢だと思っとけ」

 口では悪態をついているけれど、文次郎は相変わらず優しい笑顔を浮かべている。

 …ああ、やっぱりこれは夢だ。

 だけど、夢でもいいや。

 だってこんなに幸せな夢なんて、滅多に味わえない。

「文次郎、俺さ、関節が痛いんだけど…」

 夢なら沢山甘えても大丈夫、だろうか?

「仕方ないだろ。熱あるんだし」

 …うわ…夢のくせに冷たい反応…。

「…まあそうだけど。なぁ、その袋何が入ってるんだ?」

 留三郎が先程から気になっていたのは、文次郎の膝の上に乗せられた大きなビニール袋。

「おっとそうだ、忘れてた」
「?」
「留三郎。お前声枯れてるけど、喉痛いのか?」
「痛い」
「そうか」

 文次郎がビニール袋から箱を取り出した。
 大きな箱から、ひんやりとした冷気が伝わってくる。

「喉痛いだろうな、と思って。コレなら大丈夫だろ?」
「………」

 箱の中には大きなホールケーキ。

 正直、固形物は今辛いんだけどな…。

 しかし、嬉しそうにケーキをスプーンで掬う文次郎を見ていると、とてもそんなこと言えない。

「ほら、口出せ」
「うわあっ!」

 バッ!と乱暴に布団をめくられる。

 瞬きの直後。

 唇に触れる暖かい感触。







 それが文次郎の唇だと気付いたのは、唇が離れた後の事。
 そして同時に口の中に甘く冷たい感覚が広がった。

「……アイス?」
「喉、これなら大丈夫だろ?」
「…うん」

 小さく削り取られたケーキを見る。

 あれ…アイスケーキだったのか。

「んー…お前には、ちょっと甘過ぎるか?」

 俺には丁度良いけど…と言いながら、文次郎はケーキを口に運ぶ。
 風邪を引いた自分のために買ってきてくれたんだろう。
 …そう思うと、何だか凄く、泣きたくなった。

「泣くなよ、バカタレ」
「文次郎が泣かせるようなことするからだろ!」

 留三郎は妙に恥ずかしくなり、布団を頭からかぶった。

「食べないのか?」
「あとで食べる!」

 こんな情けない顔、見せられるわけがない。




「…一緒に食べようって、約束したから買ってきたのに」




 叶わないと思っていた、あの言葉も指切りも。

 全部文次郎が叶えてくれた。




「文次郎…」
「ん?」
「もう一回食べさせてくれるか?」
「…目、閉じてろ」

 言われるがままに目を閉じた後。

 触れてくる唇と、甘く冷たいアイス。

 そして、






「生まれてきてくれてありがとう、留三郎」






 口の中に広がるアイスよりも、甘い甘い言葉を。

 遠くなっていく意識の向こうで、はっきりと聞いた気がした。



***



 次の日。

 目が覚めた留三郎を待っていたのは、すっかり溶けてしまったケーキと愛しい恋人の愛しい寝顔。

 お前が起きたらケーキを一緒に買いに行こう。

 指切りした約束、今度は俺が叶えるから。

 一日遅れだけれども、世界中の誰もがうらやむような、そんな誕生日にしよう。




 湧き上がる幸せな予感と、キュっと締め付けるような甘い胸の痛みを抱きしめて。

 留三郎は文次郎の肩からずり落ちた薄手の布団を、そっと優しく掛け直した。



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