小話
2012/07/02 20:29

嗚呼、ついてない。

なんで雨が降っているんだ。



今日に限って電車で大学に来てしまった、プチ不運な俺。
まぁ、雨の日のバイクは危ないから、良かったと言えば良かったんだけど。
お天気お姉さんが「雨は夜半から」と言っていたから、傘は持って来ていない。
五限の授業が終わったこの時間は、まだ夕方だろうに。
もう購買部が閉まっているから傘は買えないし、キャンパス外のコンビニまでは結構な距離がある。

「…はぁ」

降り続ける強い雨は、一向にやむ気配が無い。
先ほどから動けない俺は、ただ空を見つめ途方にくれた。
雨足が弱まるまでは移動できないようだと判断し、玄関扉下の階段にしゃがみ込み、雨除けの向こうを流れる雨に目を向ける。
今日はバイトも無いし、たまにはゆっくりとした時間も悪くない。
ただ、激しい雨模様に人通りは無く、寂しさだけが押し寄せた。


***


…それからどの位の時間が経っただろうか。
この豪雨の中、傘をさした人がこちらに向かって歩いてくるのが見えた。
特に気にも留めず、視線を足元に向ける。
すると突然自分の上が暗くなったような気がして顔を上げてみる。
その人が自分の隣に来て傘に入れてくれたのが分かった。

「…何で?」

予想もしなかった人の登場で、思わずそんなことを言ってしまう。

「文次郎…」

そこに立っていたのは、俺と違うキャンパスに通うはずの文次郎だった。

「いや本当…どしたんだ?お前、ここキャンパス違…」

「忘れ物、取りに来た」

理由はともあれ、愛しい恋人の登場に俺は嬉しくなる。

「そういえば文次郎、四限の教育総論の講義はこっちのキャンパスで受けてるんだったな。何を忘れたんだ?まだ上あいてると思うから、取りに行って来いよ」

「もう拾った」

「えっ?」

「帰るぞ留三郎」

「あ…あの?忘れ物って?」

「傘忘れたバカ」

「………へ?」

「…ほら帰るぞ!お前、携帯持ってるならさっさと連絡するなり俺からの電話を取るなりしろよ、このバカタレ!どうせマナーモードにしたまま鞄に入れてたんだろ、ちゃんと携帯を携帯しろ!こっちのキャンパス家から遠いし、来るの大変なんだぞ!」

「あ、待って!」

一気にまくし立てた文次郎が、傘をさしたまま先に歩き出そうとしたから、俺は急いで傘の中に入り込む。
恐らく文次郎は、四限終了後電車で家の最寄り駅まで帰ったんだと思う。
雨が降ってきたのを見て最寄り駅から蜻蛉返りしたら、ちょうどこの位の時間になるし。
兎にも角にも、俺のためにわざわざ来てくれたんだと分かり、胸がキュンと苦しくなった。

「ありがとう」

「……」

傘に当たる雨の音が大きくて聞こえたか分からなかったので、もう一度、大きな声でハッキリと。

「あ、り、が、と、う!」

「な、何度も言うな!聞こえてる!」

そう怒鳴ってから恥ずかしそうに俯く文次郎と、相合い傘で帰る道。
さっきまでの寂しさなんてとっくにどこかへ消えてしまって。
雨もいいかもと思ってしまう、単純な俺。
思わぬとこで幸福がやってきたのが嬉しかった。

「傘、俺が持とうか?お前より背高いから!」

「ほんの少しだけだろうが!…そういう事いうなら、もう二度と拾いに来てやらん!」

「あ、いや、うそ、ごめんごめん!」

そんな素敵な、雨の降る日の話。






【おまけ】

「俺の携帯、鞄の一番下に入ってたわ。着信履歴…15件?」

「だ、だってお前が、全然電話出ないから…!」

「心配させてごめん。それから、ありがとう」

「…ふん」