小話
2012/01/20 06:49

空に消えていった風船は、一体どこへ行くのだろう。

幼心に、勇気を振り絞って貰った風船。

欲しくて欲しくて仕方がなかったのに、手にした瞬間、握りしめていた手をふと離したくなる衝動にかられたんだ。



「あれって、手に入れたらそれで満足、って事か?」


君と二人、買い物の帰り道。
澄んだ空を見て、ふと思い出した。


「…なんだよ留三郎。俺のこと、もういらねぇって言いたいのか?」


隣を歩く君が、少し拗ねたように言った。


「んー…いや?」

「なんだよ、その間は」


遠回しに肯定すんなよ、なんてぶつぶつ言う君に悲しみの色が見えた気がして、君の右手をぎゅっと握る。


「文次郎はさ、俺から離れてどっか行きたいとか思うか?」


脈絡のないような僕の問い掛けに、君は俯いて首を小さく横に振る。


「風船は俺から離れたいー、って言うんだよ」

「…お前、風船と話せるのか?」


口元を少し歪めて、君が僕の言葉を茶化す。


「いや、違うんだけどな…ほら、空へ帰りたいんだーって。あ、帰りたいはおかしいか?えーっと、なんて言えば良いんだ?」

「…せっかく飛べるんだから、飛ばさせろー、みたいな?」


僕が形に出来なかった言葉を、君が形にしてくれた。
なんだ、通じ合ってるじゃん、なんてちょっと嬉しかったり。


「そう。でも、文次郎が俺から離れようって思ってないなら、俺も離さねぇ」


にっこりと笑いかけると、君は少し、きょとんとして。


「…俺任せなのか?」

「いや、実はそうでもない」


僕の素早い切り返しに、今度は困ったように笑った。


「結局は俺、家に持って帰って萎むまで風船放置するし、酷い時は風船のヘリウム吸って遊んだりしてるし」

「…じゃあ、手、離さないんだな」


ちらり、と僕を見た君に、にっこりと微笑みを返して。



「欲しいと思って、必死になって手に入れたんだぜ?そう簡単には手離さねぇよ」



そう言って、君の右手を握り直した僕。


君は嬉しそうに、ふんわりと笑った。