奥の部屋には一匹のツタージャが佇んでいて、此方を無言で静かに見つめていた。
が、その瞳に宿るのは明らかな、拒絶。
初めて見るその色に、全身の熱がスッと奪われたように冷たく冷えた。
「……この子、トレーナーに捨てられたの」
アララギ博士がそう呟くと、ツタージャの小さな体がビクリと震えた。そして、俯く。
「私が預かろうと思ったんだけど……」
博士がそう言いながら、ツタージャに優しい手つきで手を伸ばすが、ツタージャはバッと俯いていた顔を上げてから博士の手を鋭く引っ掻いた。
「っ…!……ほら、嫌われてるみたいなの」
白くて綺麗な手に赤い三本線の傷が入り、博士は苦笑しながら手を引っ込めた。よく見ると、別の場所にも似たような傷があった。
ツタージャは威嚇して低い唸り声を上げる。
心臓が、ドクリと嫌な音を立てた。
博士は、私を此処に連れてきて何を頼もうとしているのだろうか。
私の隣にいるミュウに、縋るように視線を向けるが、我関せずといった感じで暢気に毛繕いしている。
ミュウにとって、ツタージャの様子は然程気になるものでも、気に掛けるようなものでもないらしい。
「お願いトウコ。代わりに、この子に世界を見せてあげてほしいの。」
「!、…そんな、」
無理です、出来ません…とっさにそう切り返そうと博士の顔をバッと見る。
博士は、私の目を真っ直ぐに見つめていて、本当に、心から頼んでいるのだとすぐに分かった。
飛び出そうとしていた言葉はすんでのところで飲み込まれて、私の心中でモヤモヤと渦巻く。
「貴方にしか頼める人がいないの…」
追い討ちを掛けるように博士が懇願した。
その余りの必死さに私は、折れた。


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