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夏の幕あい



背を伝う汗が不快で、眉間の皺は深くなるばかりだった。時刻は午前5時。まだ暑くなるには早いだろう。天気予報を信じわざわざアラームを3つかけて意気揚々と出発したのに、強い日差しは無いにしても、皮膚にこびりつくような湿気は不愉快そのもので、気温なんて数字は何の役にも立たないことを思い知らされる。そういえば、小学生の時に国語辞典で『憤慨』という言葉を見つけた時、一体どこでそんな言葉を使うことがあるのだろうと疑問に思ったが、今こそ、その時である。私は憤慨している。

「つまんないこと考えてる時の顔だよ」
「ほっといてよ。傑はいっつもつまんない顔してるよ」
「つまんないことを考えてたのは否定しなくていいの?」
「あー、訂正します。五条と一緒に居る時以外、傑はつまんなそうな顔してるよ」
「もしかして嫉妬?」
「傑は意外と自己肯定感高めだよね」

視界は一面、海だ。
堤防に座り足をぷらぷらと揺らしながら、私は天気予報に騙されて炎天下の中涼んでいたところだった。このために早起きをしたのだから、どれだけ想像とは違う体感であっても私は涼んでいたし、今日の計画に他人は必要無かったので、決して真夏に暑そうなボンタンをはいている同級生は視界に映さない。映っていない。
けれどそんな私の強い意志とはお構いなしに、ずいっと身を乗り出して私の視界に入ろうとする不届き者は、至極嬉しそうに口角を上げながら私の領域を侵害する。

「ちょっと。暑いからくっつかないでよ」
「だって名前が私を無視するから」
「この計画に他人は必要無いんだ。さようなら」
「この計画って、名前が迷子になったってみんな探してるんだよ」
「し、失礼すぎる…まだ明け方じゃん」
「起きて居なかったら心配するだろ」
「誰が?」
「私が」
「彼氏気取りか?うぜ〜」
「私にそんな口を聞くのは名前ぐらいだなぁ」

モテ男が。うざい。単純に、純粋に。私の感想だった。どうせ言っても無駄なので、けれど無視をするのは後が怖いので。仕方無く返事をする。けれど視界には入れない。いつの間にか、私も意地になる。

「ちなみにみんな探してるのは嘘だよ」
「でしょうね。硝子も五条もこんな早くに起きてるのが想像つかない」
「でも起きた時に私と名前が2人で居なかったから、勘違いされるだろうね」
「えー迷惑ぅ」
「私は何してたって言われてもはぐらかしておこう」
「はいはい」
「言えないことって言っておこう」
「はいはい」
「想像に任せるよって言っておこう」
「あのねぇ温厚な名前さんだっていい加減に怒っ」

勿論、振り向いた訳じゃない。
振り向かされた訳だ。しっかりと、強引に。触れるも何も、食べられたなんて言葉がぴったりと寄り添ってしまう程、柔らかな唇に言葉を失うのは無理も無いだろう。それが離れる瞬間、ご丁寧に音を立てたその男を憎むのは仕方あるまい。


「傑、汗臭い」
「…つまんない顔しないで欲しいなぁ」





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