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ワルツを君にあげる 4



「狡噛くんデートしよっか」

いつもの放課後、いつもの準備室。ソファで横になって本を読む俺に突然降りかかったのは、どこか現実味の無い誘いだった。先日の一件はさておき、俺は彼女が生徒とどうこうなる気は無いこと、口にしているよりもずっと自分の職業と向き合っていることを知っていた。知っていたから、彼女のその言葉にあまり感情が揺れることは無い。むしろ意図が分からず無意識に眉間に深い皺が寄る。それを見て名前は「先週の可愛げはどこいいっちゃったの?」といつものような、気の抜けた声色で笑った。俺をからかうのも、それに俺が眉をひそめるのも、全てがいつも通りな筈なのに、どこか目を背けられているような、そんな違和感を感じる。けれどその違和感を確かめる前に、名前は畳み掛けるように俺に返事を催促した。結局俺が名前の誘いを断れるわけもなく、土曜日10時に駅前で、なんてやはり現実味の無い約束は生まれたのだった。



▽▲▽



「おっす、優等生くん。10分前行動かな?」
「馬鹿にしてるなら帰る」

待ち合わせ時間の5分前に来た名前は、会って早々そう言って俺を茶化した。後ろからぽん、と叩かれた肩が熱を持つのが我ながら憎らしい。振り返って名前を見下ろすと、学校へ出勤している時よりも幾分かラフな服装と、巻かれた後れ毛にどきりとして、思わず勢いよく目線を逸らす。にやにやとしながら物言いたげな目で見てくる名前をあえて無視して歩き出すと、「いつもと違う先生にどきどきしちゃったかな〜?」と楽しげに言いながら隣に並ぶ彼女はシンプルに達が悪い。



「と、いうわけで。今日のデートはこちらです!」

じゃーんとご丁寧に効果音付きで看板を指差す姿を見て、誰もこの人が日東学院の司書であるとは思わないだろう。行先は決まっているから安心してと約束をした日に言われていたが、着いた先は図書室の本を仕入れる所謂“選書センター”だった。大方そんなことだろうとは思っていたので大した驚きは無い。ただ少しだけ、やはりデートという言葉でからかわれたことには嘆息した。

「通常は図書委員と来るんだけどね。今年の子達は見事にじゃんけん負けて図書委員になったタイプの子達だったから。これは狡噛くんのが100倍連れくる甲斐があるなと思って」
「職権乱用っていうんじゃないのかこういうの」
「でもちゃんと本を読みたい人に本だって選んで貰いたいじゃない」
「本の気持ちの代弁?」
「これは代弁じゃなくて私の気持ち。狡噛くんがどんな本を選ぶのか興味あるよ」
「……まぁ、何選んだって学校の経費だしな」
「そういうこと!だから心置きなく選んでね」

そう言って俺にピースをする様はやはり年上の教員とは到底思えなかった。悪戯をする子供のように笑う名前を見て、さっきの嘆息は取り消してもいいと思うのだから俺も大概だなと、その緩みを隠すように口元を手で覆った。



▽▲▽



到着してから約3時間。デートなんて甘ったるい言葉が形容される出来事なんてある訳も無く、俺も名前も至って真剣に本を選んでいると時間はあっという間に過ぎていった。けれど普段準備室ではそこまでお互いに干渉することも無いせいか、日常の何倍も会話をしたような気がする。名前は俺が訳の差に悩めば的確にその出版社の特長を教えてくれたし、著者ごとの本の選び方にも長けていた。さすが司書というべきか。そうやって俺の質問に答えながら、彼女自身は幅広い分野の本を膨大な数の中から無駄なく選び取っていく。純文学から流行りのエッセイ、実用書から参考書・はたまた雑誌まで、手を伸ばす所作は本に対して敬意を払っているかのような、愛情を持った、丁寧で美しい所作だった。

「…どんな本でも詳しいんだな」
「ちょっとは見直した?私これでも司書の先生なので」
「あぁ、凄い。さすがだよ。俺は自分の興味のある本以外は分からない」
「っ狡噛くんが素直なのは、なんだか気持ち悪いな…」

口を尖らせて悪態をつく姿に反論しようとしたが、耳に髪をかける仕草に、そこから覗かせた頬が赤みを帯びているのに気付いて、俺は何も言わずに再度本棚に向き直った。未だぶつぶつと羞恥を隠すように文句を呟く彼女を横目で盗み見て、そこで俺はやはり彼女のことが好きなんだなと、なんだか妙に納得したような不思議な気分に包まれる。
先日の件で俺の彼女に対する気持ちは概ね伝わっているだろう。そしてそんな面倒くさい感情を持った生徒を、彼女が今日どうしてわざわざ連れ出そうとしたのか。俺には彼女が何を考えているのかはきっとどうしたって分からない。ただ今は彼女の気持ちを暴くことよりも、今日この日に俺を連れてきて良かったと、そう彼女が思ってくれたのならそれで良いと、柄にもなく願いながらまた本に手を伸ばしたのだった。

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