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ワルツを君にあげる 1



※学生狡噛さんと図書室の司書さん 捏造注意












「ねぇ名前ちゃん、狡噛くん知らない?」
「んー今日はここには来てないよ」
「そっかありがとう〜」
「はいはい頑張って」

きゃっきゃっと効果音でもつきそうな、うら若き女子生徒数名に笑顔で手を振った私は、静まり返る図書室を見渡して小さくため息をついた。“図書室ではお静かに。”なんていうのはもう何十年も前の話だ。今は各々のデバイスがあればノイズキャンセリングなんて朝飯前だし、最近は本の管理自体も自動化され、司書という職種自体が衰退の一途であった。そんな昨今の流れに刃向うように、この日東学院は何故だか図書室が未だ有人管理された珍しい学校だ。勿論そういった珍しい場所が無くなれば、私のような“司書のオネーサン”なんていう職種の人間はくいっぱぐれてしまうので、願ったり叶ったりなのだけれど。

「さて。人気者の狡噛くん〜。今日はここに来てない狡噛く〜ん」
「…あんた本当に趣味悪いな」

わざとらしく手を広げて名前を呼ぶと、先ほどの女子生徒達に探されていた“狡噛くん”は、盛大な悪態を吐きながらすごすごと奥の準備室から顔を覗かせた。

「先生に向かってあんたとはなんですか。あんたとは」
「さっきの奴にだって名前ちゃんって呼ばせてただろ」
「あれはスキンシップの一環です。学校社会において教頭と女子生徒に嫌われることほど面倒なことは無いの。後、同級生のこと奴っていうの辞めなさい」
「不良司書の癖に随分まともなこと言うんだな」
「放り出してもいいのならその減らず口は止めないわ」

もう何ヶ月前の話になるだろう。学年一の秀才である狡噛慎也くんは、そのルックスと将来性で女子生徒からそれはそれは人気が高く(言うと怒られるが)昼休みから放課後に至るまで、なんとか接点を持とうとする健気な彼女達からよく逃げ回っていた。ここで司書として働く私からすれば、そんな生徒達の甘酸っぱい事情なんかには一切関わりたくなかったし、日中殆ど人の来ないこの職場は天国であり、できればこのまま平穏な日々を過ごさせて欲しかったものである。しかし誰も来ないと高を括って準備室で一服したのが運の尽き。たまたま逃げ込んできた狡噛君に校内喫煙という昔の不良のような弱みを握られた私は、ちょくちょく今のように逃げてくる狡噛くんの片棒を担がされることとなったのだった。



▽▲▽



「狡噛くん、コーヒー飲む?」
「…ありがとう」
「どういたしまして」

私が入れたコーヒーを、本から目を離すことなく受け取った狡噛くんは、準備室のソファに深く沈みこみながら熱心に読書中だ。先ほど私に噛みついていた青年と同一人物とは思えない程の集中っぷりは、いつ見ても関心する。今やなんでもデバイスありきが当たり前の時代に、紙の本なんて置いてあるのはそれこそ街の図書館か学校の図書室ぐらいなものだ。けれどそこに価値を見出されることも少なくなっている中、こうやって“紙の本”が好きだと言って夢中になってくれるのは、司書として仕事をする人間にとってとても嬉しいことだと思う。その感謝の意味を込めて、私はこのちょっと生意気な秀才君をここに匿い、たまにこうやってコーヒーまで入れてあげる訳だ。

「狡噛くん、紙の本は楽しいかい?」
「あんたが言ったんだ。折角本を読むのに紙の本を読まないのは勿体ないって」
「……あー、そういえばそんなこと言ったかもねぇ」

コーヒーの中に入れたミルクをスプーンでくるくるとかき混ぜながら、私は狡噛くんに言われて自分が赴任してきた際に壇上でした挨拶を思い出す。

“折角本を読むのだから、まずは表紙に触れて、ページを捲る音に触れて、五感を使って楽しんで下さい。その一ページずつには確かに作った人の思いが込められています。日東学院の所蔵を見ずに卒業してしまうのはとても勿体ないですよ”

確か、こんなようなことを言った筈だ。別に嘘でも適当でも無く私の司書としての数少ない本心だったが、あんな挨拶をまともに聞いて、あまつさえちゃんと覚えているような子がいたなんて。どことなくくすぐったい気持ちにさせられて、いたたまれなくなった私は横目で狡噛くんを覗いてみる。しかし本人はどこ吹く風で、まだまだ文字を目で追っていた。きっとこういうところがナチュラルにモテる要素なんだろうなぁなんて、言ったら怒るだろうから言わないけれど。

「ふふ、そんなこと覚えてるの狡噛君だけだよ。ありがとね」
「別に、暇だっただけだ」
「そーですかそーですか。賢い狡噛君お菓子も食べる?」
「いらない」
「つれないなぁ!」

挨拶を覚えていてくれたことに素直にお礼を言ってみると、先ほどのそれはなんだったのか、びっくりするような塩対応が返ってきた。けれどさっきくすぐったい気持ちになったのは、何も言われた側だけでは無いらしい。平然と本を読む狡噛君の耳の赤さがそれは照れ隠しだと叫ぶので、私の機嫌は上々であった。

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