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君の祈りになる頃 6



日差しの眩しさに目を覚ますと、隣に居た筈の狡噛はもうそこにおらず、抜け殻のようなブランケットだけが昨晩のことを現実だと揶揄していた。服を着て窓から外を覗いてみると、煙草の煙が揺れているのが見えて安堵する。顔を洗って簡単に身支度を整えてから狡噛の元へ行くと、身体は大丈夫かと声を掛けられて、恥ずかしさに黙っていたらからかわれた。この穏やかな空気に、おかしな話だが狡噛と過ごした一ヶ月間は嘘では無かったのだと安堵する。そして明日からもこの日々が続くことを願ってしまう、そんないつもの朝だった。けれど今日は確かに、最後の朝。

人様のお宅で勝手に朝食を済ませた後、狡噛はそろそろ行くかと私に声を掛ける。こくりと頷いて、私達は目的地へ出発した。



*


自警団の陣所まで、大体残りは6キロ。普通に進めば1時間もかからない距離だが、ゲリラとできるだけ鉢合わせないようにして慎重に進むとなるとどれだけの時間が掛かるかは曖昧だった。息を潜めながら路地を進んでゆくが、どれだけ進んでもゲリラどころか町の人達とも出くわすことは無い。何か妙だ。同じように狡噛も感じたのか、二人でこの違和感の正体を探るように視線を合わせる。町が襲撃されたのは、町はずれの食堂とは逆側からだった。だから町の人達は自警団の陣所を頼って、食堂のある方へ逃げてきたのだろう。けれどもしも自分がゲリラだったとしたら?人質にもなりえる住民達をわざわざ安全な方へ逃がすだろうか。もしも今回の襲撃が、いつものような小競り合いで終わらせる気がないのだとしたら。この町を襲撃し、皆殺しにすることが目的なのだとしたら。

「狡噛…」
「俺がゲリラなら、自警団に全員集めて場所ごと吹っ飛ばすな」
「言い方を考えて欲しいけど私も賛成」

二人でその意味を確認し合うと、進んでいた方向とは逆の方へと歩き出す。私達の読みが正しければ、ゲリラ達は昨日のうちに住民達を陣所へおびき寄せ拘束している頃だろう。狡噛が私を探してくれたおかげでその罠を逃れることができたが、今度は計画の肝である陣所の爆破にそなえてゲリラ達はこちらへ集まってくる筈だ。その前に出来るだけここから離れて、自警団に合流することが先決だろう。逸る気持ちを抑えながら、足早に元来た道を歩く。すると曲がり角の方から数人の声がして、思わず息が詰まった。咄嗟に物影に隠れて様子を伺うと、銃を手にしたゲリラ達が3人こちらへ向かって歩いてくるところだった。思わずぎゅっと狡噛の服を掴んで顔を見ると、狡噛は耳元で私にこう囁いた。

「お前はここに居ろ。絶対に動くなよ」
「え、っちょ…」

そう言うや否や、勢いよく飛び出したかと思うと1人目の顔面に鮮やかに狡噛の拳が入り、砂埃と共に吹っ飛んだ。自分達へ刃向ってくる人間が居るとは思ってもみなかったのか、残りのゲリラ達は慌てて銃を構えるが、狡噛はそれをするりといなし銃を構えた軌道を変えて、2人目の太ももを仲間の銃弾が貫く。激昂した3人目はナイフを振り下ろすが、それよりも狡噛が足払いをする方が早い。馬乗りになった狡噛は躊躇することなくナイフを奪い、男の胸部へ突き立てた。ゲリラ3人を瞬く間に倒してしまった狡噛は傷一つ無いようで、手を払いながら私に向きなおしてこう言った。

「怪我は無いか?」
「…それは私のセリフじゃない?」

結局、終始この様子で狡噛が粛々と相手を倒し、2時間も経った頃には自警団と合流。そこからは本当に拍子抜けといった感じだった。合流後に仮設キャンプに招かれた私達だったが、狡噛は指導者である男性と何か難しい顔をして話し合ったかと思うと、ゲリラ達を一掃する計画が整ったのだろうかたちまち辺りは慌ただしくなる。当初の読み通り、ゲリラ達の目的はこの町の住民ごと自警団の陣所を吹っ飛ばすことだった。町の住人の多くは陣所で人質となっていたようだが夜には自警団による鎮圧が完了し、このキャンプで一夜を明かせばまたいつも通りの朝が始まるということだった。



*



キャンプから目と鼻の先に見晴らしのいい野原を見つけた私は、月が浮かぶ中一人でその様を膝を抱えて眺めていた。先ほどまでの緊迫した状況がまるで悪い夢かのように、穏やかな風が吹いていた。

「名前」

不意に呼ばれて振り返ると、そこには狡噛が立っていた。隣に座ってと促すと静かに腰を下ろしてから、一瞬何か言いたげにこちらを向いて、けれど狡噛はそのまま前に向き直った。どちらともなく掌が触れて、指を絡めてみる。狡噛の指を縁取るようになぞるとくすぐったいと咎められたが、その手を放そうとはしないところが狡噛らしい。繋がる手に何かを決意したかのようにぐっと力が込められて、言いかけた狡噛を遮るように、私は口を開いた。

「狡噛は2度も私の命を救ってくれた恩人ね。ありがとう。それに私だけじゃない、町まで救ってくれた」
「別に、俺が救った訳じゃないさ。この町の自警団はよくやっている。少し助力した程度だし、これからもあいつらがここを治めるのなら心配無い」
「狡噛からのお墨付きを貰えたなら安心だわ。……私、今日思ったの。こんなにも私達が怯えてるのは、私達に力が無いからだって」
「確かに名前にゲリラをどうこうする力は無いかもしれない。けどそれは適材適所ってだけだ。俺は名前みたいに旨い飯は作れないだろ」
「そうかもしれないけど。でも、だからこそ、狡噛がここに留まることは無いってことも、ちゃんと分かったの」
「名前」
「だから大丈夫だよ。ちゃんと言って」
「…俺は、ここを発とうと思う」







狡噛は後一時間もすれば、今後の武装を調達する為に西の町に出発するトラックに乗せて貰うのだという。その腕を買われてこのまま自警団に入って欲しいと勧誘されたようだが、やんわりと断りつつも交通手段はしっかり確保する辺り抜け目無い。狡噛が一しきり話し終わると、またそよ風だけが耳に残るように、沈黙が訪れた。繋がったままの指先が名残を惜しむかのように熱を帯びる。遂にこの時が来た。何度もこの瞬間を想像し、何度も覚悟を決めたつもりだった。けれど私はやはり迷ってばかりだ。さっき大丈夫と言ったばかりなのに、心は揺れるばかりで今にも溢れそうになる涙はばれて欲しくないと思った。

「名前は、俺のこと狡噛って呼ぶよな」
「だって狡噛は、狡噛でしょう」
「…慎也。最後に名前で呼べっていうのは我儘か」

そう言ってどことなく困ったように笑う狡噛に力いっぱい抱き着くと、背中に回る腕の体温に胸がぎゅっと苦しくなる。

「慎也」

一度呟いて、それから、何度も何度も私は彼の名前を口にした。私が呼んだことを忘れないように。私と過ごした短い日々を刻むように。鼻声になってしまったのはもう許してほしい。それから、最後の慎也の優しさに甘えることも。

「私も一つだけ、我儘言っていい?」
「ああ、なんだ?」
「次に慎也に会ったなら、どうか隣を歩かせて」

祈るような気持ちで、私はそう口にした。きっと慎也には私の知らない抱えたものがたくさんあって、まだそれと向き合っているところなのだろう。慎也の邪魔をしたい訳じゃない。けれど、これからも生きる為の約束が欲しかった。私が今まで大切な人達と別れる時、それはずっと永遠のものだったから。別れは決して永遠だけのものでは無いこと。またいつか出会う為のだということを、信じたかったのだ。

「分かった。約束だ」

慎也はそう言って、慈しむような優しいキスを送ってくれた。くすぐったくて、それはとても幸福で。
きっと私はこの約束があるだけで、この国でも希望を捨てることなく生きてゆける。彼のように生き抜く力は無くても、彼が美しいと言ってくれた私に恥じぬように。だからそれまで、あいしているという言葉はとっておこう。きっと伝えたその先には、この暖かなぬくもりがあることを知っているから。




君の祈りになる頃
200508-0510

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