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君の祈りになる頃 2



早いもので、ゲリラによる襲撃事件から二週間が経過していた。とは言っても私の住んでいる街までは随分と遠い場所まで逃げてしまった為、帰ってくるのに2日がかりだったので実質は家に帰ることができてから12日といったところだ。あのゲリラ達が襲った街はほぼ壊滅し、住んでいた人口の8割近くが亡くなった。街と街を結んでいた唯一の交通機関であるローカルバスも運休状態。いつもはバスを乗り継ぎ行っていた距離を、途中まで徒歩で帰らなければならなかった。結局見かねた狡噛は私をこの街まで送り届ける羽目となり、せめてものお礼として宿を提供し今に至る。まぁ宿というのは、私の住む粗末なアパートメントなのだけれど。

そういった訳で、このなんとも歪な二週間で私は少しだけ狡噛慎也という男のことを知った。例えば年齢は私より5つ程上で日本では警察のような仕事をしていたということ。その頃に覚えた身のこなしが私を助けたけれど元々格闘技は好きだったこと。読書をするのが趣味でかなりのヘビースモーカーであること。そして、日本に帰る気は無いということ。



*



「お昼ご飯、適当に作るけど」
「ああ助かる。名前の作る飯は美味いしな」
「それはどーも」


母が亡くなった後に引っ越したアパートメントに、自分以外の人間が居るのは初めてだった。ただでさえ狭いこの家は、申し訳程度のバスルームが取り柄のワンルームだ。そんな狭い場所に普通よりも逞しい体格の人間が居れば気になるのは当然だろう。狡噛がここに寝泊まりするようになってから8日が経っても、どこかそわそわとムズかゆい気持ちは慣れるどころか増すばかりだ。

タッタッタッタッ、と包丁を捌く音が小気味良いリズムを刻む。手際よく食材を準備していき、フライパンを温め油を入れる。私は料理が好きだ。組み立てていく過程が楽しいし、やっている間はそのことだけに集中できるから。
『貧しくても、美味しいものは腕次第で食べられる』これは母の口癖で、幼い頃から私も母と一緒に台所に立って色々な料理を教えて貰った。母が亡くなってからというもの手料理を自分以外の誰かが食べることは無かったので、先ほど作るご飯が美味しいと狡噛に言って貰えたことは、まるで母を褒められたようで嬉しかった。まぁ、口から出た言葉は可愛くは無かったけれど。

「何作ってるんだ?」
「え?っちょ、」

声がするよりも早く、煙草の香りが鼻を掠めた。気が付けば狡噛は私の後ろから料理する鍋を覗き込んでいる。狡噛の顔が私の顔のすぐ隣にあることにはっとして、思わず手が止まりそうになるのをぐっとこらえる。狡噛慎也という男のことでもう一つ知ったことを付け加えるのなら、“彼は不用意に人に近づく癖がある”ということだった。

「…ちょっと近いんだけど」
「ああ、すまない」

全くすまないとは思っていないだろう謝罪をした狡噛は大人しく食卓を囲む椅子に座りなおしたが、その様子はどこか楽しそうだ。それを見て私は狡噛の態度とは裏腹に機嫌がだんだんと悪くなる。この男は本当に食えない。勿論、命の恩人という意味ではとても親切だし、前職のこともあってか正義感も強いのだとは思う。けれど不意に見せる瞳はどこか深淵を覗くように暗く、また吸い込まれそうな佇まいがあった。一緒に居れば居るほど分からなくなるこの男を、私はきっとどこかで恐れ、けれど興味というには些か熱を持った感情が芽生え始めていることに気付かないふりをする。こんな掴みどころのない男を、ましてやここに留まる気なんて毛頭無い男を想う余裕なんて私にはこれっぽっちも無いのだから。これ以上苛々としてもしょうがないので、炒め終わった麺を皿に盛り付けて、思考を遮るように一度だけため息を吐いた。

「はい、どうぞ」
「ありがとう」

皿を運んで狡噛の前に出すと、狡噛はいただきますと口にしてから掌を合わせた。日本では食べる前にこの所作と言葉を言うのが文化らしい。狡噛が言い終えて箸を持ったのを見て、私も向かい側に座って一緒に食べ始める。引っ越してきた際にもう使わないだろうと食器を殆ど捨ててしまった為、同じものを食べているのに狡噛と私の皿は全く違うもので、それを見て何故だか少し悲しくなった。

「さっき機嫌悪かったろ」
「狡噛が人をおちょくるからでしょ」
「名前は少し、日本に居た時の友人に似ているから」
「…突然何」
「特にピリピリしてる時の雰囲気とかな、そっくりだ」
「それどういう意味よ」
「懐かしいって意味だよ」

そう話しながら私の知らない誰かを思い浮かべて優しく笑う狡噛を見て、やはりこの人はすぐに私の前から消えるのだと、自分に言い聞かせるように心の中で呟いた。


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