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あまいかたわれ





お気に入りのネックレスがみるもむざんにちぎれ落ちたのは、つい先程のことだった。フローリングの上に音を立てて跳ねたそれは、不器用に転がる。そっと掌に乗せてもあるのはもうむかしネックレスだったもので、華奢なチェーンはぱっくりと開いてその役目を終えたようだった。

「きみは本当におっちょこちょいだよね」
「...返すことばも無いね」

わたしの引きつった悲鳴に、藍ちゃんは珍しく慌てた様子で自室からとんできた。それからわたしと掌のそれを交互に見つめてひとつだけため息をついた後、柔らかく髪を撫でてくれた。この手が決してわたしを否定しないと知っているので、すこしだけ安心する。それでもやっぱり掌の現実はいじわるく笑いかけた。

このネックレスは、去年藍ちゃんと一緒に海に行ったとき彼が買ってくれたものだった。だから、もうすぐ訪れる二度目の夏にも無くてはならないものだったのに。これはなんにも出来ないわたしを、藍ちゃんが受け入れてくれたあかしだったのに。だんだんとにじんでいく視界に、またため息が聞こえた。これは、魔法のため息だ。

「貸して、直してあげる」
「...ほんとに?」
「僕が今まで嘘ついたことあった?」

そうやってちょっとだけいたずらっ子のように笑った藍ちゃんに、こころがきゅうきゅうと悲鳴をあげた。すぐにでも大声をあげて泣いてしまいたい、そんな気分だ。わたしはこの笑顔にいっとう弱い。

「藍ちゃんは、魔法をたくさん持ってるねぇ」
「魔法?」

テーブルに座って、開いてしまったチェーンを起用に道具を使い閉じていく。その姿には魔法という言葉がぴったりと当てはまる気がした。ひどく不器用なわたしにはとても真似のできないことだ。

「今だって、わたしには絶対できないことを簡単にやっちゃう」
「それは君が不器用なだけでしょう」
「それだけじゃないよ!藍ちゃんはなんでもできちゃう。わたしに出来ないこと、たくさんたくさん」
「それは君も同じじゃない?」

つい立ち上がって大げさに手を広げて熱弁すると、返ってきたのは予想外の言葉だった。首を傾げていると、いつの間にかすっかり元通りになったネックレス。藍ちゃんはわたしの髪を横に流してから、首に腕を回す。少しくすぐったくてからだをねじると、動かないでと怒られた。

「君は泳ぐのが得意だよね」
「...そうだね」
「いっつもころころ表情が変わる」
「藍ちゃんといると、そうなるの」
「美味しいものをたべてると、幸せそう」
「だって、美味しいんだもん」
「全部僕にはうまくできないことだよ」

そう言って、ちゅっとわたしの頬に唇をくっつけた。忘れていた。藍ちゃんは、ときどきとても恥ずかしいことを平気でするのだ。

「じゃぁ、わたしと藍ちゃんははんぶんこだね」
「はんぶんこ?」
「藍ちゃんがうまく出来ないことは、わたしがかわりにうまくやるから!」
「まぁはんぶんって言っても割合的には8:2ぐらいだろうけどね」
「もうっ!」

わたしが頬を膨らますと、藍ちゃんはまたいたずらっ子のように笑った。もうすぐくる二度目の夏も、その次の夏も、ずっとこの笑顔が見れますようにと願いながらわたしはさっきのお返しに彼の頬に背伸びする。





130511

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