book | ナノ
ソーダ味の修正
エアコンの音だけがやたらと鮮明に聞こえた高三の夏。みんなが馬鹿みたいに勉強している頃、私は静雄の家でさっき静雄が買ってきたアイスの袋を開けたところだった。当の本人は私に文句を言うわけでもなく、ただ黙って面白くもないテレビを見ている。
「祭り、行かねぇの?」
「興味無くなった」
「ふーん」
がぶり、
静雄の問いにきっぱり返事をしてからアイスの頭に勢いよく食いついた。なんだか溶け気味なアイスは、私の突然の襲来にポタリと水滴になって落ちていった。ソーダアイスの水色は、私の真っ赤なベアトップの水玉ワンピに不規則な染みを一つ作る。じわじわと広がるそれを私は顰めっ面でまじまじと見つめた。すると、静雄も一緒になって私の胸より少し下辺りに出来た染みをじっと見つめる。さっきまでと同じ無言は、まるでソーダの水色みたいにぽっかりとした染みを作って、重く重く私達にのしかかった。沈黙に耐えれなくなったのか、静雄がまたさっきと同じことを言う。私は同じように返事をする。
「だから、お祭りに興味無くなったんだって」
お祭りに興味が無くなった、というのは嘘だった。私の中で最初からお祭りになんて行く予定は無かったのだ。これは全て、私に残された申し訳程度の乙女心が原因である。何故かこの高三の夏休みに突然しゃかりきでバイトを始めてはクビになる静雄を見ると、流石に暇な私に付き合って遊んでくれとは言えなかった。が、言えなかったのが災いした。気がつけば今日は8月末日である。愛想を尽かされているのかどうでもいいのか、私は静雄にこの夏休み3日とて会っては居ない。そこで苦し紛れに誘ったのが、行く気の無い夏祭りだったというわけだ。
「ねぇ、静雄はお祭り行きたいの」
「別に」
「まぁ悪かったよ、女心と秋の空」
「まだ夏だけどな」
「ひっぱたいていいかな」
手の平をぱっと構えると、私に正面を向いた静雄はひらりとビンタを避けて、私は不覚にも床へと簡単に沈んでしまった。すぐさま起き上がろうとしても、静雄にがっしりと腕を拘束されてはびくともしない。不意に合った目はいつになく真剣で、私は一瞬息を飲んだ。
「今日は俺も謝ることがあった」
「うん、まずこの態勢を謝るべきだよね」
「夏休み放置してごめん」
「…」
「後、祭り行く気が無いのも知ってた」
「今日の静雄はやけに喋る」
「…悪かった」
それきり押し黙ってしまった静雄に、これ以上はいじめだと判断した私はひとつ溜め息をついてからぽつりと口を開いた。
「お祭りは、私のわがままだから静雄が謝ることじゃないよ」
「お前はたまに可愛いから」
「今なんか言った?」
「すみません」
「でも、バイトはなんでいきなりあんな必死にやってたのか教えて欲しい」
「……笑うなよ」
「場合による」
「じゃぁ言わねえ」
「じゃぁ笑わない」
「…ほんとに笑うなよ」
「しつこい」
「…………………………………結婚資金」
「…誰と、誰の?」
「俺と、お前の」
あまりの突拍子の無さに目を見開いて5秒程固まってしまった。どうやら深夜のろくでもない番組に影響されたらしい。リモコン隠して帰ってやろうか。しかしまぁ、私が休み中放置されたのはさしずめ目的の為に手段を選ばす、手段の為に目的を忘れたというところだろうか。本当に、馬鹿もやすみやすみにしてほしい。
「お前、泣き顔汚いな」
「ばか、これは涙じゃなくて鼻水だし」
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