木枯らし

 町はずれのあぜに腰をおろして、名前は待ち人を待っていた。空は赤くやけている。今日は一日からりと晴れていた、とそんなことを思いだしながら、名前はこがね色の草原を吹きぬける木枯らしがもたらす、肌寒さを打ちけすほどの開放感にひたっていた。

「悪い、待たせた」

 やってきた待ち人、鉢屋三郎は、やや居心地が悪そうに頭をかいた。名前は口角を少しだけ上げた。周囲には人影ひとつない。名前はその表情を変えぬまま、口を開いた。

「どこに行く」

 せっかく、逢瀬のために学園から離れたこの地までやったきたのだ。どこにも行かぬまますごすなどありえない、とそう言わんばかりに、名前は尋ねた。すると、天才とうたわれる変装名人は、ほおをかきはじめた。そして、なにかをごまかすかのような笑みをうかべた。

「それが、ちょうど今、お金がないんだ。この前、雷蔵たちと遊びに行って……」
「あら、おかっぱ頭の女の子にかんざしを買いあたえるお金も、宿に困っているお姫様に宿をとってさしあげるお金も、行き倒れているご婦人にだんごをめぐむお金もあって、わたしに使うお金はないの」

 名前は三郎のことばを遮って、酷薄な笑みを浮かべてそう尋ねた。木枯らしはひんやりと冷たい。

 だんご屋で見かけた女の子のかんざし選びにつきあって、赤いかんざしを買いあたえていた。盗賊に襲われそうになっていたお姫様を助けた。落城した城からいのちからがら逃げ出してきた彼女が、家臣とおちあうまで滞在する宿に宿代を払っていた。そして、私がここに来るほんの少し前、行き倒れているご老人に団子をめぐんでいた。すべて名前は知っていた。お金がないわけではない。ここに来るまでにすべて使ってしまっていたことを、名前は知っていた。

「どうしてそれを……」
「かまわないけど。そういうあなたが好きだから」

 しどろもどろする三郎に、名前はきっぱりと言いはなった。かわいた木枯らしには匂いひとつない。ただ、木の葉のこすれる音だけが絶え間なくひびいていた。

「すべて見ていてお前は……」

 居心地の悪さにたえられきれない、といった表情だった。三郎は眉間にしわをよせて名前を見た。いつの間にか木枯らしはやみ、東の空が黒みを帯びはじめた。空には静かに夜がせまっていた。

「こっけいね。とっても」

 名前の笑い声がひびいた。遠くの方でからすが答えるようにしてないていた。名前は三郎に近づくと、そのけわしさの増した顔に自身の顔を近づけた。そして、二人は目を細めた。三郎は不快そうに、名前は目じりを下げながら。

 名前の挑発的なことばに、三郎がなにかを返そうとした。そのうすい唇が開きかけたちょうどそのとき、名前はうでを三郎の首にかけ、そのまま三郎の唇をかんだ。三郎は拒むことなくそれを受けいれた。

「甘い」

 名前が顔を静かに離す。三郎は唇をなめながら、はきすてるようにそう言った。名前はそでに手をいれた。ひんやりとした硬いものにていねいに指をかけ、そのままそでから手をだした。ふたたび木枯らしが吹きはじめる。

「ねぇ、きれいでしょ。大切なひとに買ってもらったの」

 三郎は目をまるくした。名前は赤いかんざしを器用に指にかけた。名前はしずむ夕陽でかがやくそのかんざしで髪をまとめながら、三郎に微笑みかけた。

「今日はやさしいひとに会えたから、泊まるところもあるのよ」

 そして、名前は三郎の指に己の指をからめた。乾いている。三郎の細く長い骨ばった指に、名前はツルように指をまきつけ、そのまま手をひいて、町にむかってゆっくりと歩きだす。次第にまっすぐだったその指は軽くこぶしを握りはじめ、名前の指と三郎の指が複雑にからみはじめた。名前は唇をかむその横顔を見て、名前は笑みをより一層深めた。そして、とどめのことばを言おうと口をひらいた。

「以上、すべて名字名前でした」

 そっぽをむく三郎の向こうに広がる空は、赤くやけていた。持ってきた巾着には、寒さをしのぐようなものはなにひとつ入っていない。木枯らしが肌寒い、とそう感じた名前は三郎のうでにからだをよせた。三郎のうではあたたかい。名前は透明でつめたくかわいた空気をいっきに吸いこんだ。ゆるんだのどからいきなりはいってきた空気におどろいたのだろう。かわいた咳がでた。すると、名前の頭のうえをなまあたたかいため息がふいた。


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