始動
「じゃあ、頼んだよ?レーゼ。」
「はい、グラン樣。」
では、と一礼して彼の前から立ち去った。
今からオレは、宇宙人として中学校を破壊しに行かなければならない。
正直、気乗りしない。
それにレーゼという、やけに冷徹なキャラだって本来のオレとはかけ離れすぎていて、しんどい。
けど、仕方ないよな。
弱いオレが悪いんだ。
今はただ、ジェミニストームのみんなを守れるように、全力を尽くすだけ。
そういえばジェミニのみんなで思い出したけど、この間パンドラ達が噂してた。
最近のグラン樣やバーン樣やガゼル樣はおかしいって。
バーン樣やガゼル樣は練習が終わるとすぐに二人で街へ出てしまうらしいし、グラン樣は珍しくイラついていることが多いとかなんとか。
確かにさっきのグラン樣はおかしかった。
普段よりも目付きがきつかったし、それに何より、私服だったし。
グラン樣も最近はよく、慌ただしそうに練習の合間を縫って街へ出ているみたいだし。
……やっぱり、本当なんだろうか。
みんなが言ってるあの噂ー…
ルシカ樣が、脱走したって。
みんなの言う通り、本当に長らくルシカ樣の姿を見ていない。
ガイアと練習試合をしてもベンチに彼女はいないし。
あ、そういやルシカ樣がベンチってのもおかしいよな。
あの人、あんなにサッカー上手いのに。
まだ彼女が"梨葉"で、オレが"リュウジ"だった頃に、何度かサッカーの練習を見てもらったことがある。
ドリブルもフェイントもめちゃくちゃ上手かった。
ボールを扱い慣れてる感じだった。
特に当時のオレが驚いたのは、彼女のターンの技術。
素早く、綺麗で、隙がなかった。
オレは何度やってもボールを奪えなかった。
あれ?そういや梨葉ってMFだったよな。
あれだけ足下の技術高いんだから当たり前だけど。
でも、ルシカ樣のポジションはFWだよ…な。
……何でだろ?
確かガイアのメンバーのポジションは全部グラン樣が指示してたはずだ……もしかして、ルシカ樣の元々のポジション、知らなかったのかな?
……ってそんなわけねーか。
あの二人、昔からずっとこっちが恥ずかしくなるくらい二人でベタベタしてたんだし。
「レーゼ樣、お時間です。」
パンドラがオレを呼びに来た。
その声に、オレの中の緑川リュウジは存在を消される。
緑川リュウジなど、今は必要ではないのだ。
必要なのは、何があっても冷酷でいられる精神。
「分かった、行くぞ」
オレ達は、いつまでこの中で生きなければいけないんだ?
「先ほど、校長先生から全校生徒帰宅の指示が出されました。皆さんはできる限り固まって迅速に帰宅して下さい。」
昼休みも終わって、眠たい盛りの5限目。
お腹いっぱいで数学という名の睡魔と戦っていた私たちの目を覚ます非常事態が起こった。
緊急帰宅令。
いきなりのことにみんなびっくり。
授業をしていた先生もびっくり。
職員室から伝令として我らが2年1組へ派遣された先生は、それだけ言うとパタパタと走り去っていってしまった。
どうやらまだ伝令役は終わっていないらしい。
「ね、梨葉、どういうことかな?」
つい先ほどまでは私と同様に爆睡していた友人が横から身を乗り出して問いかけてくる。
彼女の瞳は、好奇心と不安とで二分されたような色をしていた。
「分かんない。けど、何か相当ヤバいことが起こったんだよ。多分。」
「私も何が何だか分かりませんけど…この雰囲気、怖いですわ。家から迎えを寄越してもらおうかしら。」
そう1人が呟くと、他の子も「そうね、家から車を出してもらうわ」と携帯へ手を伸ばす。
う、さすがお嬢様学校……!!
一般人の私とは訳が違う……!!
「静かに!私にも理由は解りませんが、皆さん早く帰宅しなさい。理由については追って連絡網でお知らせすることになるでしょう。」
さっきまでは授業をしていた数学の先生が、担任に代わって終礼を手早く行う。
っていっても、さようならの挨拶だけのことなんだけど。
「起立、礼!さようなら」
「さようなら」
「皆さん、くれぐれも気を付けて帰ってくださいね!」
ぞろぞろとみんな教室を出ていく。
…なんだろう、嫌な予感がする…!
「梨葉ちゃん!」
「?」
「一緒に帰りませんか?もう校門の外に迎えが来てるんです。お家まで送って差し上げますわよ?」
「あ、うん。ありがと。じゃあお言葉に甘えさせてもらおうかな」
友人と二人で靴を履き替え、校舎を出た。
ふと上を見上げると、いつの間にやら嫌な天気になっている。
暗く曇って、陽の光が届かない。
やっぱり、嫌な予感がする。
背筋がぞくっとした。
この感覚を、私はずっと前に味わったことがある。
ずっと忘れていた、エリア学園での記憶が繰り返されようとしていた―
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