平穏

「梨葉!時間!」

「分かってるってば!姉さん!」


鋭い声に少しだけ焦りながら応え、ドタドタと騒がしい音を立てて(下の部屋の人、毎朝ごめんなさい)自室から玄関へ一直線。

ちらりと時計を見れば、ありえない時間!
このままでは間違いなく遅刻!

「朝ごはんは!?」


ひょこりとリビングから顔を覗かせた姉さんに、靴を履きながら「お昼ご飯まで我慢する!」と返すと、はぁ…と深いため息。


「もう少し早く起きれば朝ごはんくらい食べる時間もできるのよ」


う…それは、そうだけど…!
言い返す言葉もなく、私はただ苦笑うだけである。

玄関前の全身鏡で最終チェック。
白のカッターシャツに真紅のタイ、真紅のスカートにジャケット。
ローファーを履いて、制カバンを持って、
うん、OK!


「行ってきまーす!」


今日も姉さんへの感謝を忘れずに。




エイリア学園を脱走してから2ヶ月―私は姉さんの計らいで新しい中学校に編入した。
「私立 聖隷マリア女学院」
まるでベッタベタの百合マンガに出てきそうな名前の学校である。
カトリック系の所謂「お嬢様学校」で姉さんの母校らしい。
姉さんには公立で良いと言ったのだが、女子校へ入れと半ば脅されたので現在、こんな制服を着ている。

学校はとても楽しい。
友達は、確かにお嬢様お嬢様してる子が多いけどいい子ばっかりだし。
授業は半分以上寝てるけど。
部活はすごく楽しい。


もう二度とサッカーはしないつもりでいたのだけど、結局私は女子サッカー部に入っていた。

しかし、ポジションはFWではない。
姉さんにも勧められたことだし、以前のようにMFに戻った。
やっぱりMFとしてプレイする方が楽しい。
それに、しっくりくる。
なんだかんだで、私はチームの司令塔を務めている。
この学校でのサッカーはすごく楽しい。
うまくゴールが決まった時にみんなで喜べたりだとか、お互いの信頼関係とか、本来ならどこにでもある普通のことがすごく嬉しい。
やっぱり私は、サッカーが好きだ。


「ご機嫌よう、梨葉さん」

「おはよう!」











「……っ!」


何処へ行ったんだ…!
ルシカ…!


ルシカが居なくなってから2ヶ月。
エイリア学園は大した大騒ぎになることもなく、落ち着いていた。
当たり前だ、ルシカの失踪を知っているのは、ガイアのメンバーとバーンとガゼル、それに父さんと剣崎だけ。

しかし、周りにバレるのも時間の問題だろう。



「あいつ…何処に……!!」


バーンとガゼルは必死になってルシカを探しているようだ。
毎日毎日、練習の後に街へ繰り出しているのをよく見かける。
……その度にオレは二人から睨まれるわけだけど。
全く、情けないよ。
曲がりなりにもガイアのメンバーだってのにオレに嫌われたから脱走?
本当に女の考えることは理解できない。


「…仕方ない、探しにいくか」

オレだって、父さんから頼まれなければあんな役立たずを探しになんて行かないのに。
迷惑極まりないよ。


……しかし、2ヶ月もあいつを見つけられないなんて。
本当に何処へ行ったんだ…?

ルシカが脱走した日、警備ロボットに水がぶっかけられてショートしていた。
間違いなくあれはルシカの仕業だろう。
意外にもルシカは頭がキレるみたいだね。

まぁ、そこから見ても確実に計画的な脱走。

なら、外に協力者がいるのか……?
でも、オレ達みたいな孤児に知り合いなんて……


「待てよ、」


1人だけ、居る。
外に、オレ達の知り合いが。


「まさか…瞳子姉さん…?」


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