朝霞

「…っ痛……!」


木の枝が私を徐々に傷つけていく。
見てみれば身体中傷だらけだ。
枝が引っ掛かって、カッターシャツの袖口やスカートのプリーツが破けてしまっている。
たらりと何かが伝う感触に手を頬へやると、べっとりとした血がついていた。
頬の傷から血が流れていたらしい。


「……っ」


痛い、寒い。
もう走りたくない。
でも、走らなきゃ。
もうあそこには戻りたくないでしょう?
もう傷つきたくないでしょう?



足を止めることはできない。
速度を落とすことすらできない。

だって、もう夜が開けてしまう。








「っあ……!!」


ひ、かり。
明るい、街灯の光。
もうほとんど力の入らない足で駆け寄ると、足下に今までとは違う感触がした。

コンクリートで舗装された道。
それに、さっきまでは永遠に私に付きまとっていた木が無い。
代わりにあるのは小さな小屋。


くるりと後ろを振り返ると、そこには木、木、木。
そしてただの土の剥き出しの地面。



「あ……!」

私、遂に樹海を…!!


「樹海を抜けて…富士の登山口に着いたんだ…!」


一気にへたりと力が抜けて、その場に崩れ落ちた。
もう力が入らない。
安堵と疲労が一度に押し寄せる。

よ、かった……!!
脱走、できたんだ…!!


「梨葉!」


「あ…姉、さん…」


姉さんが血相を変えてこちらへ走り寄ってくるのが霞む視界に入った。

実は、予め姉さんと脱走の計画を立てた時にここで待ち合わせする約束をしていたのだ。
あの時、姉さんは自分がエイリア学園の本拠地まで乗り込むと言ったのだけど、私が自力で樹海を抜けるから登山口で待っていて欲しいと姉さんをなんとか説き伏せたのだ。



「傷だらけじゃない…!!それに貴女、どうやって樹海を…!」


私を抱き寄せて毛布でくるんでくれる。
あぁ……私、やったんだ。


「星だよ、姉さん。北極星を中心にして、乙女座と大犬座で東西南北を測ってたんだ。」


「それでも……エイリア学園の警備ロボットはどうしたの!?」


泣きそうな顔で私を抱き締める姉さんに、にこりと気力を振り絞って微笑んだ。
サッカーが下手だからって、私が何もできないわけじゃないんだよ。


「あは、脱走する前に配線経路に水をぶっかけてショートさせたの。」



「…っ本当に貴女はもう…!」


またぎゅっと、更に力強く抱き締められた。
寒さで感覚の無くなった身体に姉さんの温もりがじわじわと沁みる。
あの時に淹れてくれたミントティーみたい。


ぽかぽか、ぬくぬく。
荒廃しきっていた私の中に、暖かい光が差す。


「姉さん……私、今幸せだよ」



遠くなる意識の中で、再び何かが修復されつつある音が聞こえた気がした。


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