脱走

「どうかしたのか、ルシカ」

「!……ガゼル樣、」

「ほんとだぜ、何か今日、おかしいぞ」

「バーン樣……。」


ダイヤモンドダストのキャプテン、ガゼル樣とプロミネンスのキャプテン、バーン樣。
この二人は昔から私によくしてくれた。
本人達曰く、「グランに虐げられてるお前が可哀想すぎて見ていられないから」らしい。
理由はどうあれ、私を気にかけてくれる二人を私は尊敬していた。
二人ともよく、「辛いならプロミネンスに来いよ」だの「ダイヤモンドダストに来れば手厚く扱ってやれるのに…!」だのと言って私を励ましてくれるのだ。
その分、私の中では罪悪感がムクムクと膨らんでいった。

「おい、本当にどうしたんだよ?」

「どこか具合が悪いのか?」


私は二人を―エイリア学園を、裏切ろうとしている。


「バーン樣、ガゼル樣、」


「どうした?やはりどこか具合が悪いのか?」

「まさか、またグランの野郎に苛められたのか!?」


二人とも心配してくれる、優しい。
……もしも私がダイヤモンドダストかプロミネンスに所属していたら、ヒロトへの気持ちを忘れられたのだろうか……?
「……ごめん、なさい。」


ぽつり、と。
本当に弱々しい、情けない声で呟いた。
それでも二人はちゃんと拾ってくれたようで、「はぁ?」と反応をくれた。


「あは、戯言です。気にしないで下さい。」


にこりとなんとか微笑んで、ぺこりと二人にお辞儀をしてその場を走り去った。


早く、準備をしなければならない。

―今夜、ここから脱走する。



部屋へ戻る途中にグラン樣に会ったけども、声は掛けなかった。

もう、傷つきなくない。

ちらりと後ろ姿だけを盗み見た。
もう二度と見ることのない姿。
目に焼き付けておこう。
私が好きになった最初で最後の人の姿を。


きっともう、私が恋をすることなど無いと思うから。
ヒロト以上に好きになる人なんて現れやしない。











「…よし、」

深夜2時。
みんなが寝静まった頃。
必要最低限の荷物―といっても財布くらいだが―をスクールバッグに詰めて部屋を出た。
ケータイは半分に折った。
GPSが付いているからケータイを持っていては居場所がバレてしまう。


いつでも薄暗い研究所の廊下は夜には人工灯の怪しげな光が灯って、いつも以上に薄気味悪い。


「……さむ」


底冷えした廊下が寒々しい。
短いスカートから出た脚にぶるりと鳥肌が立つ。

さんざん悩んだ結果、私はほとんど通うことのなかった中学校の制服を着ていた。
少し短めのチェックのスカートに、白いカッターシャツ、えんじ色のリボンに紺のブレザー。
靴はローファー。

死に物狂いで走って樹海を抜けなきゃいけないのにこんな恰好をするだなんて、私はバカに違いないのだけど、あと私の持っている服といえばジェネシスのユニフォームしかないのだ。

あんな恰好で外に出たら、私は完全にただの変態だ。



「あ、ヤバい」


ふと時計を見れば、もうすぐ2時半になってしまう所だった。
樹海を抜けるには夜でなければいけない。


「星が……消えちゃう」



慌てて研究所の出口へ走り、震える指で扉開閉のパスワードを押す。


『* * * * *』


ガシャ、

ウィーン


ゆっくりと扉が開く。


それは、自由への逃走経路。


もう一度薄暗い、大嫌いな研究所を振り返った。
その奥は黒々とした闇に薄気味悪い人工灯。



さようなら、エイリア学園。

さようなら、ヒロト。



そして私は春先の寒さにぶるりと身を震わせ、一歩目を踏み出した。


[ 4/14 ]

[*prev] [next#]
[mokuji]
[しおりを挟む]

×
「#ファンタジー」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -