確保
「なん……で……!」
目の前に居るヒロトの存在が信じられない。
彼は相変わらずの無表情で、私との距離をつめてくる。
逃げ、なくちゃ……!
「分かっていただろう?このまま姉さんと二人の生活が続くはずがないことくらい。」
「ッ……!」
ま、ずい。
恐怖のあまりか、脚が動いてくれない……!
お願い、動いて……動いて!
「ねぇ、ルシカ。」
「うぅ……あ……!」
「一緒に"帰ろう"か。」
"帰る"
その言葉がエイリア学園に居た頃の記憶を無理矢理に掘り起こす。
嫌だ、思い出したくない、嫌だ、嫌だ、嫌だ!
『いつもヘラヘラ笑ってる君を見てると、すごくイライラするんだ。』
『はっきり言うよ、ジェネシス筆頭候補のガイアに君は必要ない。』
『寧ろ、足手纏いだ』
『FWのクセにろくにシュートも決められない補欠』
戻りたくない!!
「ッ!」
なんとか脚に力を入れ、情けなく怯える気を奮い立たせて走り出した。
脚が縺れて転びそうになるけれど、脚を止めることだけは絶対にできない!
頭に浮かぶのは、姉さんや学校の友人たちの姿。
私は、この生活を失いたくない…!
ずっとみんなと一緒にいたい!とにもかくにもがむしゃらに走る。
この辺りは複雑な住宅街だ、一度見失えばいくらヒロトでも見つけられはしない!
「このまま逃げられると思っているのかい?」
「……!」
「今回は逃げられても、もうオレ達に君の居所は割れている。」
「せいぜい、逃げればいいさ。」
姿は見えないけれど、ヒロトの声だけが響く。
これはヒロトの声そのものなのか、それともあまりの恐怖に私の頭が創り出した幻聴なのか。
「私、私は……」
もうここには、居られない……!
このまま家に戻ったところで、もしかするとヒロトか、それ以外のジェネシスのメンバーが私を待ち構えているかもしれない……なら、学校の寮に転がり込む?
いや、ダメだ。
もう私の学校すらもバレているのだから学校の敷地内だって安全じゃあない……。
一体どこに逃げれば……!
じっとりと嫌な汗が背を伝う。
認めざるを得ない、もう私に逃げる場所などない。
どうする、考えろ、考えろ……!
この季節にしてはやけに冷たい風が辺りの瑞々しい木々を揺らす。
冷流に微かな馨が混じる。
「あれ……?」
どこからかふわりとした柑橘の香りが広がった。
いつも私を安心させてくれる香り、
暖かな温もりすらも感じられる…。
思わず、ゆっくりと瞳を閉じる。
いつの間にか嫌な汗は引いていた。
あぁ、いつだって貴女は私を助けてくれる。
ずっとずっと昔から。
「梨葉」
「姉さん……」
またゆっくりと瞳を開いて、姉さんの姿を確認すると、やはり笑みが溢れた。
どうしてかな、姉さんはいつも私のピンチに駆けつけてくれる。
私のことなら何でも知っているみたい。
「さぁ、一緒に行きましょうか。」
「初めは梨葉がいなくても大丈夫かと思ったけどー……やっぱりどうしても、貴女の力が必要なの」
そんなの、私だって同じだよ。
やっぱり姉さんがいなくちゃダメだった。
ねぇ、姉さん。
私でもみんなの役に立てるのかな?
一緒に行っても大丈夫なのかな?
「大丈夫よ、貴女なら。」
「……うんっ!」
姉さんがそう言ってくれるなら。
私はどこまでだって飛べるだろう。
ぎゅうと、差し伸べられた手を握った。
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