欧化の先

※明治政府パロ



「は?これが司法省の予算案だぁ?」

あ、またお怒りになってる。









「ったく、ふざけんじゃねーぞ佐久間の野郎……!万年金欠の政府が一省にこんな額出せるかよ……!」



わざわざ英国から輸入してまで執務室に設置したお気に入りの机に脚を乗せ、同じく輸入品の赤い椅子に深く腰掛けて怒り狂っている茶髪の男。
あんなに口が悪くてはしたないのに上級武家の生まれだなんて俄には信じられない。


「おい名字、茶くれ」


「はいはい、」


「はいは一回だ!」



不動さんは大蔵省を管轄する大蔵太夫であり、私は彼のお世話をする付き人。
最近知ったのだが、米国や英国では私のような職を持つ者を"めいど"と言うらしい。


彼の執務室に常置している英国から取り寄せた"てぃーぽっと"から熱い紅茶を"てぃーかっぷ"に注ぐ。
不動さんは渋めが好きなのでじっくり蒸らしてある。
彼は今たいへん機嫌が悪いので、最高のお茶を入れて差し上げないと部下の皆様に八つ当たりまがいのことをするだろう。


「どうぞ、紅茶です。」


「ん、」


そう言って一口含み、大人しく執務に戻る不動さん。
どうやらお口に合ったようだ。


この時期はどうも各省の予算案提出が行われているらしく、政府のお財布役である大蔵省はてんやわんやしている。
私には政はよく分からないが、不動さんがよく「どいつもこいつも資金不足なのを考えもせずに好き勝手な事言いやがって」と言っているから、きっと政には何かしらお金がかかるのだろう。
しかしまだ新しい政府が発足してから日は浅いし、新たな国造りをしているのだからお金がかかるのは仕様のないことなのかもしれない。


「不動さん、あまりお怒りになってると傷に障りますよ。」


そして少し空いていた窓を閉めた。
梅雨独特の臭いがする。
雨が降るなら尚更不動さんの傷には良くない。



「おめーは気にしすぎなんだよ、」


そう言って彼はゆっくりとモーニングに覆われた肩を擦った。




不動さんは、御一新前に大怪我をした。


長州藩が過激派攘夷志士と開国倒幕派志士とで内争をしていた頃、英国へ留学経験もあり、開国派として重要政務についていた不動さんは過激派志士の闇討ちに遭い、膾のように全身を滅多斬りにされたのだ。
なんとか一命はとりとめたものの、未だ全身に痛々しい傷が残っている。



「不動さん……もう今日はお休みになられてはどうですか?もうそろそろ雨が降りそうですし……それに近頃、あまり睡眠を取っておられないでしょう……」


彼の肩にビロードのコートを掛けると、不動さんは何も言わずにぎゅうと肩口を掴んだ。
やはり、傷が痛むのだろうか。


「不動さん……」


彼はいつだってそう。
貪官汚吏だとか西洋かぶれの裏切り者だなんて毎日のように新聞で騒がれているが、本当の不動明王という人は怒りっぽくて、面倒見がよくて、直情径行の熱血漢。
新聞や世間の噂だけでは計り知れない、もっともっと、素敵な人なのに。




「いや、このくらい大したことねーよ。ほんっとにお前は心配しすぎだっつの。」



呆れたようにため息を吐いて、また職務に戻る不動さん。
「ったくざけんなよ鬼道クン……工部省も削減に決まってンだろ」とぶつくさと呟くその背中に、国事の一端を背負っているのだ。やはり彼は立派な人だ。
倒幕派志士であった頃と同じ、芯を曲げない強い人。



「名字、もう一杯茶くれ」


「、はい。」


私にできるのは彼にお茶を淹れ、彼を理解して差し上げることだけ。
例え世間の誰もが不動さんを権力と金にまみれた不祥事だらけの政治家と見なそうとも、私だけは彼に一生着いてゆこう。


不動さんの国への熱情のその先に、何があるのか見てみたい。




「名字、」


「はい?」


「お前ももうそろそろ上がったらどうだ。何だかんだで昨日も遅くまで職務に付き合わせたからな。」


さらさらと工部省の予算案に『不可』の文字を書き付け、彼はちらっと私に視線を向けた。
その瞬間、初めて不動さんの目にうっすらと隈が出ていることに気がついた。
遂に近頃の疲れが表面化してきたのか、
今まで気がつかなかった鈍い自分を叱咤した。



「いいえ、私は大丈夫です。」



不動さんの為なら、私は死んだって構わない。
彼がその初志を貫徹できるなら、彼の望む理想の国家が建設できるのなら。
彼がその大きな役目を遂げるまで、一番近くでお世話をしていたいのだ。


「最後まで、ご一緒させて下さい。」


どうか最後の最期まで私を使ってほしい。
あなたか私か、どちらかが一生を終えるまで。
あなたと共にこの人生を歩みたいのだ。
幕末の動乱の頃、あなたの背中にちらりと垣間見えたその先への可能性を、信じているから。





不動→井上馨
佐久間→江藤新平
鬼道→大久保利通


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