フランボワーズの虜

私の就活は比較的楽な方だったと思う。
それは私が在学中に司法試験に通り、弁護士の免許を持っていたこともその一因ではあるだろうが、何よりも大きな要因は私が財界で名の通った権力者と知り合いであったことだろう。



「お呼びですか、社長。」


「あぁ、急に呼び立ててすまなかったね、名字。」



吉良財閥の代表取締役である基山ヒロトは私の大学時代の先輩である。
彼とはたまたまバイト先も同じだった。
それがきっかけでよく面倒を見てもらっていたのだが、まさか就職まで面倒を見てもらえるとは思わなかった。


基山先輩は私より1つ年上で、卒業後すぐに財閥の次期トップになることが決定していた。
卒業し、決定通りに財閥を継いだ先輩は、4回生のうちに私が司法試験に通ったことを知り、私を吉良財閥の顧問弁護士として雇ってくれたのである。
多少性格に欠点はあるが、私も良い先輩を持ったものだ。



「それで、社長。何か厄介事でも?」


黒い革の値の張りそうなイスに深く腰かける先輩に私を呼び出した理由を話すよう促す。
何となく予想はついているー……財界で吉良の名を知らぬ者はない。
それほどに大きな財閥であれば勿論、不満を顕にする厄介な連中が至るところに存在する。
彼らは何だかんだと理由をつけては吉良を貶めようとするのだ。

例えば、吉良財閥は裏金を作っていると監査に訪れた(他企業の息のかかった)会計士が警察に告発したこともあるし、(私がきっちり弁護した。)
誰がネタを流したのやら、基山先輩は検察から脱税疑惑を掛けられたことがあるし、(その検察官は私が法廷で完膚なきまでに叩きのめしてやった。)


と、そんなこんなで基山先輩は常に失脚の危機に瀕しているのだ。
そんな先輩を守るのが私の役目であり、先輩への恩返し。
緑川さんや玲名お姉様が宰相だとすれば、私は法廷で戦う騎士といったところか。
さすがに殺し屋やヤクザが相手では勝ち目がないが、法廷でなら私は絶対に負けない。
相手が検察官でも、会計士でも、大手事務所の弁護士であっても。




「そうそう、この間のインサイダー取引疑惑の時はご苦労だったね。君が最初から最後まで理論づくで弁護をしてくれたお陰で冤罪を免れたよ。」


「いえ、それが私の仕事ですから。それにこの間はまだ楽でしたよ、相手が新米の会計士でしたから。」


「そっか。そうそう、知ってるかい?巷では名字、『吉良の懐刀』って呼ばれてるんだって。」


にこりと爽やかな笑顔で先輩は言った。
『吉良の懐刀』…まぁ確かに、先輩は私以外の顧問弁護士を雇っていないようだし、先輩の弁護は全部私が引き受けてるから顔を覚えられたのだろう。


「そうなんですか…知りませんでした。」


当たり障りの無い返事を返すと、先輩は更に爽やかな笑顔でもっと近くへ来るように言った。
その言葉の通り、先輩と私を隔てるデスクの内側へ回り、上等なイスに座る先輩の横へ立つ。
すると先輩はイスごと身体の向きを変え、眼鏡の奥の鋭い翠で私を見つめた。
心なしか先輩の辺りの空気が甘く淀みだした気がする。



「今日はこの間のご褒美をあげようと思って呼んだんだ。」


「ご褒美……」


もっとこっちへ、と形の良い唇から艷のある低音が吐き出される。
その甘い響きに酔ってしまいそう。
こうなってしまえば私はただの花蜜に引き寄せられる蝶だ。
ゆっくりと、基山先輩の膝に乗っかった。


「社長……」


「馬鹿だな、今は"ヒロトさん"でしょ?」


にやりと意地悪く微笑むヒロトさん。その端正な顔立ちと、見掛けによらずがっしりとした体格に羞恥が込み上げてくる。


何度やってもこの"ご褒美"には慣れない。
ヒロトさんとは相当長い付き合いだし、"ご褒美"だって結構な数を頂戴したが、いつになっても私の心拍数は上昇するばかりだ。


いつかは、この人相手に私が優位に立ちたい。
できるだろうか、


「余計なこと考えないで、名前」


「すみませ……んっ、」


謝罪の言葉を言い切る前に重なったヒロトさんの唇。
少しずつ私の唇をこじ開けて、舌を差し込んでくる。

彼のキスはいつもそう、優しくて甘くて苦しい。
まるで、ヒロトさん自身みたい。




漸くヒロトさんの唇が離れた頃には、私はすっかり息が上がってしまっていた。
大きく肩を上下させる私を見て、彼はクスクスと上品に笑う。


「あれ?いつものクールな君は何処へ行ったんだい?名字センセイ?」


「っ社長、それは些か卑怯、かと……」


先ほどヒロトさんが私の髪をくしゃりと掴んでいたせいで乱れた髪と歪んでしまっていた弁護士バッチを正した。


未だ呼吸の整わない私に可愛いと一言投げ掛け、ヒロトさんは私を膝から下ろしてすっくと立ち上がった。
相変わらず背が高い。



「帰ろうか、今日はうちに泊まっていくだろう?」
車のキーをくるくると指で回しながら私の腰を抱き寄せた。



「……もっと、"ご褒美"をくれるなら、」



そこまで言うとヒロトさんはまた先程のにやりとした意地の悪い表情を浮かべた。
そして長い身体を折り畳んで、私の耳元に口を寄せる。





「そうだね、じゃあもっともっと可愛がってあげようかな。」




レンズの向こう側の熱っぽい翠が私を捕らえた。
その色に捕まってしまえば最後、彼に身も心も捧げて愛してもらわなければ気が済まなくなってしまうだなんて。
本当に質の悪い人。




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