lingua franca

「Ci vediamo!名前!」

「(またね!名前!)」


そう言って駆けていった茶髪の少年のことをいつまでも忘れられない私が居た。
それほど仲が良かったわけではない。
彼はイタリア代表の選手であったし、私は日本代表のマネージャーだった。
接点と言えば、彼らイタリア代表が決勝前にイナズマジャパンの練習に付き合ってくれた日、その1日だけだ。


たまたま彼の脚から血が流れていたのを発見したので手当てをした。
それだけの関係。


フィディオとロココが自国に帰る日には私が円堂のお目付け役として空港まで着いていったが、そこでも大した関係は築いていない。
例えば実は両思いだったとか、アドレスを交換したりだとか、そんな進展など一切なかったし、私は円堂とロココとフィディオが話しているのを聞いているだけだったに等しい。
せめてもの思い出は彼が去り際に私に別れの言葉を掛けてくれたことだろうか。


その言葉が「さようなら」ではなく、「またね」に近いニュアンスだったことで何かを期待し続けている私はやはり馬鹿、なのだろうか。

「Bene.Buon viaggio.」

「Grazie.」


入国審査を何とか終えてやっと、肩の荷が下りた気がした。
今まで死ぬ気でイタリア語の習得に専念してきたとは言え、実際にネイティブと話したことなど数回しかない。
しかし何とか私のイタリア語もネイティブに通じるらしい。
良かった、ここまで来て言葉が通じないだなんて笑えない。




私が急にイタリア語を学びだしたのは、FFIが終わって帰国してすぐのことだった。


どうしても最後に聞いたフィディオの声が頭にこびりついて離れなかった。
単純な話だが、それだけの理由でイタリア語を始めようと思い立った。
1つでもいいから、彼に繋がるものが欲しかった。

そんなこんなで独学でイタリア語を学び続けていたが、気がつけば私は大学生になっていた。
ちょうど外国語学部でイタリア語を専攻しているわけだし、時間にも金銭にも少し余裕ができたので、思い立ったが吉日とばかりに留学を決めたのである。

ちなみにここでもホームステイ先はフィディオの家だったとか、編入先がフィディオと同じ大学だったとか、そんな展開は一切ない。
円堂はFFI以来ずっとフィディオと連絡をとっているようだが私は彼の連絡先を知らないし、私がイタリアに留学したことを知っているのは見送りに来てくれた秋と円堂達だけだ。


人生、そう上手くはいかないものである。
私だって何かしら期待をしてイタリア留学を決めたわけだが、真正面からフィディオと会えると信じていたわけでもない。
現実なんてこんなもんだと割り切ろう。
彼と同じ国土を踏んでいるだけでも大きな進歩なのだから。
小さく吐いた溜め息を隠し、私は空港を後にした。



空港と隣接しているバスターミナルで市街へ向かうバスを探すが、なかなか見つからない。
イタリア語は読めるし、案内は英語でも書いてあるのだから何とかなりそうなものだが、バス停が多すぎて目当てのバスが見つからない。


まずい……約束の時間に大幅に遅れてしまうとホームステイ先のご家族に多大な心配をかけてしまう。
一般論にヨーロピアンは時間にルーズだとあるが、まさか全国民がルーズなわけではあるまい。



「どうしよう……」



まだ会話には自身がないが、とりあえずその辺りの職員に聞いてー……



「Ehi、io sono che Lei!」
「(ねぇ!そこの彼女!)」


「え?」


「Come se io ottengo!Sara agitato?」

「(乗ってきなよ!困ってるんだろ?)」




道路の向こう側に止まっている白いフェラーリ。
何だか高そうなサングラスを掛けたイタリア風のイケメン。
ま、まさか俗に言うナンパと言うやつだろうか……。
確かに言っていることだけを聞けば善良な一市民のようだが、海外ではそう簡単に異性と接触してはいけないと教授に言われたぞ。

どうやって断ろうか、そう考えている内にも白いフェラーリはこちら側へ移動してくる。


「Ehi venga qui!」
「(ほらおいでよ!)」



「……分かんないかな…?」


「(え、日本語……!?)」


突如相手から出た日本語にまともな思考もできずに目を丸くするだけの私に構わず、相手は車から降りてどんどん私の目の前に近づいてくる。
間近まで来てようやっと彼の姿がよく見えるようになって始めて、私は奇跡とやらの存在を本気で信じ始めた。

風にそよぐ茶髪にあの異常なまでのスタイルの良さ、人の良さそうな微笑。
サングラスで隠れてはいるが、きっとその下の瞳はあの頃同様にキラキラと輝いているのだろう。


彼がゆっくりとサングラスを外した。
見なくたって分かるよ、あの頃にじっと穴が空くほど見つめていたのだから。


「オレだよ、名前」


「……フィディオ」


ぽつりと私が呟くと、彼は「当たり!」と眩しい笑顔を見せてくれた。


「マモルに教えてもらったんだ。君がイタリアに留学するんだってね。マモルは親切だから君が乗る飛行機もホームステイ先も編入先まで教えてくれたよ。」


「円堂が……?」


何故だ、
確かに円堂とフィディオは連絡を取り合っていたのだろうが、何故円堂がわざわざ私の留学の話を詳細に渡ってフィディオに……?


もしかして鈍感で名高い円堂にまで私の気持ちが…


「バレていたんだよ。」


「え?」


思考の海に浸かっていた私を引き上げるフィディオの声。
最後に聞いたよりも幾分低くなったその声にどきりとした。


「オレの気持ち。彼はきっとFFIの大会中から分かっていたんだね。だからわざわざマモルは世話を焼いて……」


「ちょ、ちょっと待って!」



暴走自転車のように話続ける彼にストップを掛けた。
だって、あの言い方じゃあまるでフィディオが私のことー…



「最後まで言わせて欲しい。」


薄茶色の鋭い瞳が私を射抜く。
そのあまりに真剣な眼差しに、もう口を挟むことなどできなかった。


「ずっと、君だけを見ていた。」


「FFIの間も、その後も、」


「ずっと、ね」




「Ti amo」




わたしも、と彼の腕の温もりを感じながら呟いたが、彼はこんな時にだけ「Io non capisco giapponese(オレ日本語分からないよ)」と嘯くのだった。

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