エタノールの引火点

「おはよう、今日も可愛いね」

「おはよう基山。今日もお世辞をありがとう。」

「嫌だなぁ、お世辞なんかじゃないのに。」



基山ヒロトは成績優秀で運動神経も抜群、整った綺麗な顔をしているし、女子からは勿論、男子からも「良い奴」と評される完全無欠の男だが、私の中では「ちょっとstk染みた変な奴」という位置付けである。


というのも、遡ること半年前。
ちょうどあの日本中を沸かせたFFIが終わった直後のことであった。
突然、妙な時期に転校生がやって来た。
それがまぁ蓋を開けてみると、かの有名な日本代表イナズマジャパンのFW、基山ヒロトだったのである。

あの時は驚いたとかそうあうレベルでなく、学校中が大騒ぎだった。
特にサッカー部。

大した強豪でもない、それこそFFは地区予選の二回戦負けという我が校のサッカー部は大いに歓喜していた。
しかも、基山ヒロトの加入による力か、秋季大会の地区予選では我が校の万年二回戦負けサッカー部は優勝し、都大会へ進んでしまった。
恐るべし日本代表、である。

その上、ルックスも最高ときたものだから、女子の騒ぎっぷりがえげつない。
朝に黄色い声、昼に黄色い声、放課後も黄色い声。
今まで所謂、「イケメン」という部類の人間に欠けていた我が校に初の「イケメン」がやって来たわけであるから、騒ぎたい気持ちもまるっきり分からんでもない。


とはいえ、私はサッカー部でも無ければ運動部ですらない放送部(もはや漫研と化している)の平部員であるし、2次元しか見えない残念な人間であるから「基山ヒロトの転入」には一切の影響を受けないはずだった、のだが。



「今週の週末さ、プラネタリウムに行かない?最新の機器が入って今までより忠実な再現ができるようになったらしくてね、南半球の星も見られるようになったんだって。ほら、サザンクロスとか―」

「悪いけど、今週の週末は映画館まで嫁に逢いに行くから。」

「あぁ、あの何とかってアニメの映画?良いよ、その映画見るの付き合うよ。オレはプラネタリウムより何より君と一緒にいたいだけだから。」


……と、この様である。
基山ヒロトとはたまたまクラスが同じで、席も隣であった。
席が隣であった時分、移動教室の際にはいちいち基山ヒロトと一緒に移動してやったり、まだ彼が以前の学校でやっていなかった範囲を教えてやったりと、私は世話を焼きすぎていた。

そしてその結果がこの現状である。
いつかは厄介な事になるとは思っていたが、まさか自分のお節介な性質がここまで禍するとは思わなんだ。

それに、私に世話を焼かれた程度でここまで濃い好意を寄せられるとは予想外だ。
男が優しくされてグラッとクるのは可愛いおにゃのこ限定。
私はと言えば、生物学上は雌であるが、おにゃのことはかけ離れたただの2次元リア充である。


もはや基山の眼にフィルターがかかっているとしか思えない。
まったくもって私にまで好意を持てるようなフィルターとは恐ろしい。


「あんた、いい加減そのフィルター外しなさいよ。」

「フィルター?」


はて?とでも言うかのように小首を傾げてみせる基山。それに慌ててコホン、と一つ咳払い。
気を取り直してもう一度。


「いや、だから早く他のおにゃの……違った、女のコにも目を向けてみなよ。私より可愛いくて優しい子なんていくらでもいるよ。」


と彼に諭すが、基山は「ははは」と軽く笑って相手にしてくれない。
おい、頼むから私の話を聞け。


「君より優しくて可愛い女のコ?居るはずないよ。そんなの君が好きな2次元にだっていないさ。」

「いや、居るからね!2次元にもリアルにもいくらでもいるからね!?」


何言ってんだ基山、ほんともう、何か色々大丈夫か基山。
そもそも、私のどの辺りが優しくて可愛いのか30字以内で述べてみろ。
ってこら、どさくさに紛れてボディタッチするな。


一気にノンブレスで言い放ってやると、基山の表情は一変。
穏やかさの欠片もない真剣かつ妖艷な雰囲気を纏わりつかせた秀麗な表情で…………うん、端的に言えばかっこよかったんだけど、とにかくそんな雰囲気で、


「どうしても解らないって言うなら、解らせてあげようか?」


なんて囁いて。


そしてそのまま、


「……ッ!」


唇に柔らかな温もりを感じた時にはもう遅い。
基山ヒロトの整った顔が眼前にあって。
頭が真っ白でどうしようもなく、瞳を閉じるしかなかった。


ちゅっ、とこんな音がリアルで鳴るものかと疑いたくなるような可愛らしい音を残して、基山ヒロトの唇が離れた。
す、吸われた。
くちびる吸われた……!

恥ずかしい。
大変恥ずかしい。
しかし羞恥でまた更に頭が真っ白状態の私を余所に、基山は「ふふ、」と満足げな笑みを浮かべていた。


「ほら見てごらんよ、真っ赤だよ。」

「や、やかましい…!爆ぜろ、爆ぜろ基山!」

「そうやって照れ隠しするとこも可愛い。ねぇ、解ったでしょ?君はそうやって恥ずかしがったり照れ隠しができる可愛い女のコなんだよ。」


またまた基山お得意の綺麗な笑みでそう言われてしまった。
解るか、そんなの。
いくら基山がそう言ってくれたって自分のことを可愛いと思うまでのナルシズムは芽生えていない。


だが、


「週末の映画、楽しみにしてるから。後でメールするね。」



みんなが基山のことを、かっこいいと持て囃す気持ちは…解らんでもないかもしれない……!



「あちちっ!」様へ提出

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