プラトーンの憂国

全くとんでもない連中だと思う。
フェミニストだなんて表向きだけで、私に対しては優しさの欠片も見せたことがない。
世間でのあの持て囃されようは一体何なのだろうか。






「あんた達!ディナーまでにさっさとシャワー浴びてきなさいよ!」


ナイツオブクイーンの選手たちには、意外にもものぐさな連中が多い。
例えばフィリップは服を脱ぎ散らかす癖があり、与えられた宿舎の部屋は衣類が散乱して足の踏み場もないし、ゲイリーは出した物を出しっぱなしにするので、談話室の小机や煖炉の上には彼の私物が置き去りにされていることもしばしば。
アダムス監督だってあんなに紳士然とした人なのに、実はお酒好きで、たまにパブに出入りしているのを見かける。


「フィリップ!ついでにエドガーもシャワー室に連れてって!」


そして我らがキャプテン、エドガーは意外にも寝坊助なのである。
厳しい練習の後、クタクタになった選手達は普通、真っ先にシャワーを浴びに行く。
汗だくなのも気分が悪いだろうし、ディナーまでには一度さっぱりしておいて、その後も自主練をする者は必要に応じてシャワーを浴びる。
しかし、エドガーは違った。
奴は練習の後には疲れのあまり寝入ってしまうのだ。ある時は談話室のソファで、またある時は自室の椅子で、階段で眠りこけているのを目撃したこともある。
本人曰く、「疲れているのにシャワーを浴びる気力などあるわけがない。一度睡眠をとって、シャワーを浴びる元気を蓄えているんだ。」だそうだ。
しかし、エドガーは一度眠るとなかなか起きないのだ。ディナーの時間になっても起きないばかりか、誰かが起こしにいっても起きない。本当に困ったものだ。
ディナーの後は、シャワーも浴びずに再び寝入ってしまうこともしばしば。
汗も流さずに寝て、風邪を引かれたらたまったものではない。
だから、最近はみんながシャワー室に行く時にエドガーも一緒に連行させることにしている。


「エドガー?分かった。探して連れてくよ。」


快く承知してくれたフィリップに礼を述べ、私はそのままキッチンへ向かう。
大急ぎでディナーの支度をしなくては。
にしても、一チーム分の食事を私1人で用意するのはいささか働かせすぎではなかろうか。ナイツオブクイーンはマネージャーが私しかいないから、仕方のないことだけれども。確かジャパンは3人いるんだよね。いいなぁ。





「エッジ!ジョニー!デービッド!ちょっとこっち来て!料理はできたからお皿運んで!」


「…レディとは思えぬ声の大きさだな。」


「早くディナーにしたいならボソボソ嫌味言ってないで手伝いなさいよ!」


ボソリと私に悪態をつくデービッドに噛み付くと、彼はやれやれと肩を竦めながらも皿を運び出した。それを見て、エッジとジョニーは苦笑い。デービッドの小声の嫌味に私が怒鳴り返すのはいつものことなのだ。
そういう点では彼もまた表で見せる英国紳士ぶりとは違って、中身は残念だ。


「おー、今夜も旨そうだな。」

「名前!何か手伝うことないか?」


「じゃあ、ギャレスはスープをよそって!ポールはナイフとフォークとスプーン持ってって!」



シャワーから戻ったメンバーがぞくぞくと私の手伝いに来てくれる。
ジャパンのようにマネージャー仲間がいなくとも、私がどうにかこうにか1人でもマネージャーをやれているのはこうしたみんなのサポートがあってこそだろう。
外面は良いくせに、内面は適当で面倒臭がりで嫌味ったらしくて横暴で、とんでもない連中ばかりだけど、私はみんなが大好きだ。
ダイニングとキッチンを忙しなく往復して手伝ってくれる選手たちにチラリと視線をやって密かな幸せを感じつつ、私はテーブルにフィンガーボールとグラスを並べて回った。



「名前!ちょっといいか!」


「フィリップ?」



シャワー室へ向かったはずのフィリップがひょこりと扉の外から顔だけを見せている。
とりあえずダイニングとキッチンをみんなに任せて、背の高い彼の元へ歩みを進めた。


「どうしたの?」


聞くとフィリップは、大層疲弊した顔つきで「実は…」と話し始めた。
あまりにつかれた表情をしているので、エントランスに置いてある椅子に座るよう促す。
すると、普段なら「女の子を立たせて俺が座るわけにはいかないだろ!」と頑なに拒否しそうなフィリップも、大人しく勧めに応じた。



「エドガーが、見つからないんだ。名前に頼まれてからすぐに探しに行ったんだが…時すでに遅し、だったみたいで…。」


「ったくもう…!エドガーの奴どこで眠りこけてるのか……ありがとう、フィリップ。先にシャワー浴びてきて。エドガーは私が探してシャワー室にぶち込むから!」


「…ははっ、ありがとな。頼むよ。」


私とエドガーの不仲をよく理解しているフィリップは少し苦笑いして、ふらふらとシャワー室へ向かっていった。
練習の後で疲れてるのに可哀想なこと頼んじゃったかな。今度からエドガーは自分で探しに行こう。



「みんなー!フィリップがシャワー室から帰ってきたら先に食べてて!」


「おー、了解!ところで、エドガーはどうした?」


「あの馬鹿、またどっかで寝てるのよ…!エドガーには先にシャワー浴びさせるから、みんなは先に食べてて!食べ終わったらお皿はそのままでいいから!」


先ほどのフィリップのように顔をエントランスからダイニングへひょこりと覗かせ、みんなに叫ぶと、「分かったー」だの「了解」だのとそれぞれが返事をしてくれる。
デービットは頷いただけだったが、あいつは口を開けば嫌味しか言わないのでそれでよし。




「さて、探しますかね…」



とは言って見たものの、私には既に奴がどこで眠りこけているのか見当がついていた。
私は何の迷いもなく、二階へ上がる階段へ足を向けた。



フィリップのことだ、きっとエントランスやグラウンドやトイレットや選手たちの部屋や、思いつく限りは全て探しているだろう。
元来、真面目な奴だから手を抜いたとも考え難い。
なら、フィリップの思いつかないような場所ー…もしくは、思いつきはしてもフィリップが入るのを躊躇うような場所ー…そこに限られてくる。


宿舎の二階へ上がる階段を登った先の右手の一番奥、そこが私に当てがわれた部屋だ。
夜、キッチンの片付けや戸締りなんかを全て終えたらこの部屋へ戻ってくるのだが、ここを訪ねてくる人間は滅多にいない。
一癖も二癖もある連中だが、さすがに乙女の寝室へ入るような真似はし辛いのだろう。


「……。」


しかし、1人だけ私の寝室へ何の躊躇いもなく侵入してくる無粋な人間が1人いる。
こいつだ。



ガチャリ、と古びた音を隠そうともせず開いた扉の向こうで横たわる青い長髪。
何を隠そう我らがキャプテン、エドガーである。




「エドガー、」


ベッドの脇に立って囁きかけるが、身動ぎすらしない。完全に眠りの世界に入ってしまっているらしい。
開いた窓から吹き込んだ風が、彼の髪をかすかに揺らした。



「エドガー、」



再度呼びかけ、加えて肩を緩く揺すったが、またしても反応はない。
こうなったエドガーは厄介だ。
なかなか目を覚まさない。
部屋の小机に常備しているサッカーボールに手を伸ばした。
…仕方がない、最終手段だ。




「エドガアアアアアア!!」


「『ジャッジスルー!』」




ドゴッ!と鈍い音に続いて、「がはっ…!」と内臓の圧迫されたような声。
私の放ったボールはコロコロと転がって足元に戻ってきた。



「おはよう、エドガー?」


「…相変わらず、女性らしさのカケラもない起こし方だな、名前。」



美しい青髪を少し乱して、エドガーが身体を気だるげに起こした。
そんな彼に畳み掛けるように背中をバシバシと力強く叩いて、「さっさと起きてシャワー!もうみんなディナー中なんだから!」と急かしてやる。
が、そんな私の苦労を歯牙にもかけず、彼は悠然と立ち上がり、「お前だけはどうしてもレディだと思えない。」などと吐き捨てた。
余計なお世話、レディでなくて結構。



「あたしがレディだろうとなかろうと何でもいいから早くしてやんなさい。アイツら、あんたのこと待ってるだろうから。」



エドガーを部屋から追い出しながらそう伝えると、彼は一瞬だけふっと微笑してみせた。
何だかんだでやはり、この男も仲間が好きなのだ。普段はクールぶって澄ましているが、みんながそれぞれを大切に思いやっている。
いつもの口の減らない所は大嫌いだが、連中のこういう一面は、大好きだった。



「…さて、ではそろそろシャワーでも浴びるとするか。」


「早めに上がってきてよ?料理が冷めるわ。温め直すと味も落ちるし。」


「分かっている。」



そう言って気怠げに階段を下り始めたエドガーだが、ふと立ち止まってくるりとこちらを振り向いた。何がなんだか分からぬまま、腕を組んで首を傾げる。
空いた小窓から吹き込んだ風が、私の髪を揺らした。



「お前だけはどうしてもレディだとはおもえないが……そういう世話焼きなところは、嫌いじゃない。」



「…は、」



「それだけだ。」


そう一言、残してカツン、カツンと階下へ向かうエドガー。何だ、素直じゃない奴。
他のナイツオブクイーンの選手同様に相変わらず捻くれている。




「バーカ、あたしも嫌いじゃないわよ、あんたのそういう捻くれたところ。」




そっと、誰にも聞こえないよう呟いた。
まだ知らなくていい、この先のことなんて。
今は、この小さな気持ちだけで充分だ。







[ 19/19 ]

[*prev] [next#]
[mokuji]
[しおりを挟む]



×
第3回BLove小説・漫画コンテスト結果発表!
テーマ「人外ファンタジー」
- ナノ -