センチメンタル・ジャーニー

久方ぶりの故郷は、なんだかむず痒いくらいに出来すぎた夕陽で私を迎えてくれた。

地方から東京へ里帰りだなんて、世の常からはかなり外れた旅行だが、それも仕方のないこと。地方の小さな村の小学校で教師をしている、と言えば「二十四の瞳」的なイメージなのか、憧れる!だとか熱血教師だね!だとか言われるのだが、実際の私自身にはさして教職への情熱はなく、小さな田舎の小学校へ赴任したのだってただ単にその県が最も教員試験の倍率が低かったからに他ならない。
よく赴任先の小学校のある村の住人たちからも、「若い先生なのに鄙びた所へ来てくれて、教師の鑑だ」だの、「名字先生は村のマドンナだ」だのと持て囃されているが、実をみれば多いに失望するに違いない。
「二十四の瞳」どころか私はまるで「坊ちゃん」で、心の中では密かに一地方の小さな小さな生活形態を心底馬鹿にしていたのだから。


そんな私の内に秘めた傲慢具合は何も教職に就いてからの話ではなく、昔からの友人の染岡に言わせれば「昔から嫌なガキだった」らしいし、同じく友人の半田に言わせれば「行く先々で面倒事を起こすから大変だった」ようだ。そういえば、豪炎寺や鬼道が雷門に転入してきた際も、一悶着起こした気がする。
夏未オジョウサマ(未だに皮肉ってこう呼んでいる)などはFF終盤までずっと犬猿の仲であったし、不動や飛鷹や綱海…塔子やリカ、緑川に虎丸…果ては吹雪や立向居のような基本的には温厚な面々ともやり合った経験があるのだから、全く以て自分でも呆れ返ってしまう。
このように先々で新しい顔ぶれと問題を起こしまくった私だが、1人だけ、たった1人だけ初対面にも関わらず険悪にならなかった奴もいるにはいた。




「名前ちゃん、久しぶりだね。」


にこりと穏やかな笑みを浮かべるこの男、基山ヒロトである。
私と基山との出会いはおよそ10年前、日本中を騒がせたかの有名なエイリア事件の最中である。その上、私はエイリア学園に対抗した雷門中のメンバー、基山はそのエイリア学園のトップチームのキャプテンにしてエースであったのだから、まさに騒擾の渦中にあった人間同士というわけである。


「名前ちゃんてば、ほーんとつれないよねえ。滅多に東京に帰ってきてくれないんだから。」


そう小言を言いながらも、基山は深い笑みを崩すことなく、上等なスーツが皺になるのも構わず土手に転がった。


「スーツ、皺になるよ。」

「いいよ、スーツくらい。クリーニングに出すさ。」


忠告してやってもこの通り。聞く耳も持たない。それどころか、眠るつもりなのか、そのまま瞳を閉ざした。


「ちょっと、風邪引く。」

「うーん…疲れちゃった。昨日まで徹夜続きでさぁ……まぁ実はそれでも、仕事終わってないんだけど…。」


ニヤ、といたずらっ子のような表情を一瞬だけ浮かべたが、すぐに普段の澄ました香りに戻してしまった。内心で、緑川に仕事を押し付けようと目論んでいるに違いない。相も変わらず計算高いというか、姑息である。


「あんたね…仕事終わってないならオフィスに戻りなさいよ。こんなとこで油売ってる暇無いでしょうが。」


「あれ?名前、君なんだか先生みたいだね?」


「これでも一応、先生なのよ。」


基山相手に綺麗なスカートをはためかせているのが馬鹿らしくなり、私もドスン!とおおよそ女性らしさのカケラもない音を立てて土手に座り込んだ。実のところ、私も早朝から電車やバスや新幹線やに揺られて東京まで戻ってきて、疲労困憊していたのだった。


ぼうっと川の流れを眺めながら、赴任先の小学校の生徒達のことを考えた。
全学年で30人にも満たない、小さな小さな中学校。教員だって、やけに気の小さい校長と無口な用務員のおじさんと、チャキチャキした保険医のおばさんと私だけ。
それでも最高学年の三年生が5人いる。みんな都会の学校を受験するようだし、これから忙しくなるだろう。


「仕事のこと考えてるでしょ、」

ふにっ、と人差し指で頬をつつかれ、すかさずパシンと払いのける。
気安く触るなというメッセージを暗に込めた視線をやると基山はまたへらへらと笑い、「ごめーんね」とふざけてみせた。


「あんた、その腹立つ顔どうにかならないの?」

「腹立つ顔だなんて、心外だな。麗しいって言ってくれない?」


ふざけた調子ではあるが、本当に麗しい顔をしているのだから否定しようがない。「うざっ」とつぶやくと、「センセイがそんな言葉使っちゃいけないんだー。」と囃された。


「で、何か用?わざわざ私の帰省に合わせて呼び出すんだから、話でもあったんじゃないの?」


一月ほど前、この男から連絡がきたのを忘れられない。あろうことか、勤務中に、しかも学校に電話をかけてきやがったのだ。
「名字先生ー!東京の、吉良さんって方からお電話ですー!」授業中だというのに、電話を取った校長が大声で呼ぶものだから、私はその後ずっと「吉良さんって先生の彼氏?」「東京の人?先生、東京出身だったしな!」とからかわれ続けたのだ。


「あんたのせいで大変だったんだから。」

「ごめんごめん、君が帰省したら飲みに行こうって誘いたかったんだ。だからさ、この後どう?」

「そりゃ、あんたとなら行くわよ。もう長いこと会ってなかったし。話したいこともたくさんあるし。」


何だかんだ、基山は私の1番の友達と言って差し支えないと思う。
あまり人に固執しない私が、唯一「いないと寂しい」と感じる人物が基山なのだ。
仕事で地方へ出てからはめっきり会わなくなり、最も私が会いたいと願ったのも基山だ。
飲みに行くのはあまり好きではないが、基山となら、嫌ではない。



「良かった。君、人付き合い悪いから来てくれないかと思った。」

幾らかほっとしたように言う基山に、思い切り眉間に皺を寄せた。
何を心配しているんだ、この男は。

「あんたは特別。他だったらまぁ…気分によりけりだけど、基山の誘いなら断んないわよ。」

変な基山、そのくらい分かってると思ってた。そう続けると、基山は急にガシガシと頭をかきだした。あれ、こんな癖のある奴がエイリア学園にいた気がする。水色の奴じゃなかったか。
つらつらと私が水色の奴の名前を思い出そうと考えていると、ふと手元に暖かな温度。


「基山?」


呼びかけても返事はない。
しかしぎゅうと力を込めるのだから、暖かいを通り越して暑い。


「ちょっと、何とか言いなさいよ。」


「…名前ちゃんだいすき。」


「はぁ?」



何の話だ、と怪訝な表情を浮かべたが、一瞬の後に基山が満面の笑みで「さー飲みに行きますか。もう店予約したから。」と至極機嫌良さげに言うものだから、どうでも良くなった。
確かにふと空を見上げると、気づかぬうちに一番星が輝いている。
そろそろ飲み始めてもいい頃合いだ。

さっきの言葉の真意は基山が酔いはじめたら聞き出せばいい。
そう考えて、基山の手を握った。









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