とある下女のワンダーランド

※明治政府パロ








私がお仕えしている佐久間次郎さんは、とても仕事熱心なお方です。




「くそっ…不動め…!司法省の予算案に不可をつけてきやがった…!」



佐久間様は大蔵省の不動様と大変仲良しでいらっしゃいます。



「名前!オレは外出する!羽織りを出せ!」


「はい、承知しました。佐久間様。」



佐久間様の仰る「外出」とは、大抵が不動様の御所へのお出掛けであられます。
佐久間様は毎日毎日、足繁く不動様の御元へ通っておられるのです。
やはりお二人は大変仲良しです。


「名前、お前もちゃんと羽織りを着るのだぞ、外は寒いからな。」


「はい、佐久間様。羽織りはこちらのものでよろしいですか?」


「あぁ、ありがとう。よし、では行くぞ!ついてこい!」


佐久間様は、いつも外出なさる際には私をお連れになります。
その度に佐久間様は私に何か買い与えて下さいます。
ある時は洋服、ある時は簪、そしてまたある時はあんぱん。
いつもいつも勿体無くて遠慮してしまうのですが、佐久間様は「いや、持っておけ」と仰るのです。
私はいつも、こんなに佐久間様に優しくして頂いていては、いつしか我が侭な娘になってしまうのではなかろうかと不安で仕方ありません。
しかし、やはりその佐久間様の優しさが嬉しいのです。



「いたぞ…不動め…今日こそ奴の不正を暴いてやる…」


「あの…佐久間様?このように木陰に隠れておられては、お召し物が汚れてしまいます…」


「いいや、いいんだ。こうして隠れていなければ奴もなかなか尻尾を出さないからな…」



佐久間様は恥ずかしがり屋さんであられます。
こうして木陰からで無ければ、お友達の不動さんに近寄られることができないのです。
その割には、不動様の方から近寄ってきて下さると、まるで久しく会っていない父親と再開した子供のようにいきなりものすごい早さでまくしたてるようにお話なさるので、私はいつもいつもその様子を見てはほっこりしてしまいます。



「くそ…尾去沢鉱山事件に数多の財閥との癒着…不動の不正を暴いて奴を失脚させてみせる…!そうでなければ、この国にはいつまで経っても司法が根づかない!」



またお仕事と不動様のことを考えておられるようです。
佐久間様のお隣にお邪魔しながら、私はそっと佐久間様の袴についた泥を払いました。
お仕事に熱心なのはよろしいのですが、あまりに形振り構わず、といった姿勢であられるのには困ったものです。



「あら…?佐久間様、不動様が誰かとお話になっておられますわ。」


ふと視線を袴から前へ遣ると、不動様の御所へどなたか殿方が近づいておられます。
不動様は、その方の方へ軽く手を挙げられました。


「もしかして、佐久間様ともお知り合いの方ですか?……あら、不動様に何かをお渡しになったようです。」


佐久間様にそう問うと、先ほどまでは息を殺して茂みにお隠れになっていた佐久間様が急に、ぐわぁっと立ち上がられました。
あまりに急のことでしたので、辺りの茂みがガサガサと騒々しい音を立て、佐久間様の足下に転がっていた小枝はバキっと一際大きな音を立てて折れたようです。


その音に私は吃驚してしまい、無意識に身体を強張らせてしまいましたが、佐久間様はすぐにこちらに気がついて、「あぁ…すまない、名前」と優しく頭を撫でてくださいました。


しかし次の瞬間、佐久間様は「ははははは!」と大きな声でお笑いになり、そのまま茂みから出て不動様ともう一人の殿方の元へ大股で歩み寄られました。
私も急いで後に続きます。



「不動!五条!今日こそ貴様らの癒着の瞬間をしかとこの目で見させてもらったぞ!袖の下を俺の目の前で受け取るとは…間抜けな奴め!」


「あぁ?………おーっと、これはこれは…佐久間司法卿殿じゃねぇの。」


「クククッ…それじゃ不動さん、渡すものも渡したんで私はこの辺で…」


「おぉ、しっかり受け取ったぜ。」


「ククッ…よろしくお願いしますよ…」



五条さん、と仰る方はニヤニヤと口元を緩ませながらくるりと振り向き、さっさと向こうへ行ってしまわれました。
残されたのは佐久間様に不動様に私の三人だけです。
ちら、とお二方へ目を向けると、不動様は先ほどの五条様と同じくらいに口元を緩ませ、佐久間様はそれとは反対に目を釣り上げておられました。
不動様にお会いなさった際のいつもの癖です。



「貴様ら…司法卿の俺の前で公然と…!」


「あァ?その茂みに隠れてやがったのか…お前司法卿なんてやめて盗っ人にでもなった方が余程稼げるんじゃねーの?」


「喧しい!とにかく、この件は天皇陛下に報告しておくからな!」


「ほー、天皇陛下にご報告、か…まぁできるもんならやってみな。」



始まりました。いつものお戯れです。
こうしてお二人が仲良さげにお話しをなさるご様子が、私は何よりも好きなのです。
佐久間様はお仕事熱心であられますから、なかなかお友達とこんな風にお話しになることもありません。
だからこそ、不動様といらっしゃる時間だけはのびのびと気の抜ける大切なお時間なのです。


「やってみな、だと…?」


「おぉ、俺には頼もしい円堂総理大臣殿がついてっからなァ?」


「くっ…円堂の間抜けめ…!いつまで『不動はいい奴だぞ!』なんぞ言い続けるつもりだ…!」


「それにテメー、癒着の瞬間云々以前に銀塩カメラも持ってねーし、決定的瞬間を捉えたわけじゃねーじゃん。」


「!?証拠不十分、だと…!!」



くそっ!と佐久間様が地に膝を付かれたので、すかさず私はこの後の予定を決めました。洗濯です。
袴のみならず、羽織まで土で汚れてしまいました。



「佐久間様、そろそろお帰りになられてはいかがですか?風も出てまいりましたし、夕食の支度もしなくては…」


「名前…そうだな、帰ろうか。……不動!明日こそお前を裁判にかけてやるからな!」



何となく物足りなさそうな佐久間様の姿を目の当たりにして、私は申し訳ない気持ちでいっぱいになりました。
佐久間は数少ない御友人との語らいを楽しんでいらしたのに、私の野暮な一声で台無しにしてしまったと。
佐久間様も不動様もお忙しい身。
もう少しお二方に楽しい時間をお作りして差し上げるのが私の仕事…




「そうですわ!不動様。お夕飯の予定はいかがでしょうか。もし宜しければ屋敷においでになって御一緒に…」


「なっ!名前!?」


「へぇ…」



これならば佐久間様も不動様とお話ができます。そうだ、お酒もご用意しなければ!それから、不動様には差し支えなければお泊りになっていただいて…。
考えれば考えるほど嬉しくなります。
佐久間様はここのところ根をつめすぎでいらしたので、少しくらい休息も必要でしたし、ちょうど良い機会です!


「んじゃ、名前チャンのお言葉に甘えてそうすっかな。」


「不動!貴様何を…!」


「では、私は先に戻って支度をしておきます!お二方はごゆっくり!」



とびきり上質のお酒を用意しましょう。それから新鮮なお魚。佐久間様も不動様も喜んで下さるかしら。
そうと決まれば、市場へ直行です!






「不動、お前…さっさと帰れ!」


「いいのかー?可愛い名前チャンの悲しむ顔は見たくねーんだろー?」


「貴様…どうして政敵と飯を食わなければならんのだ!」


「それはこっちの台詞。まぁ面白いからいーけどな。」










[ 16/19 ]

[*prev] [next#]
[mokuji]
[しおりを挟む]



×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -