xとyの関係式

いつも通りに夜ご飯を食べ終えて、せかせかと二階の自室へ上がった火曜日の夜。
今日の復習をしなければ。
もうそろそろ、進路を気にしなければならない年頃なのだから。
そう気合いをいれて机と向き合うが、その集中力は5分と持たず、私は自室のカーテンを開けて隣の家の部屋を覗いていた。



「………」


ーフィディオ。
彼は私のお隣さんで、私の部屋と彼の部屋は向かいあう形になっているので、カーテンさえ開ければお互いの姿が見えてしまう。
仲のいい私たちだからこそ普段からカーテンは開けっ放しにしているのだが、ここ最近はそうではなかった。


フィディオに、彼女ができたのだ。



今日はたまたまフィディオもカーテンを開けていて、彼が部屋で電話をしている姿が私の瞳に入り込んでくる。
…なんだか悲しそうな顔。
きっとまた彼女と電話だ。
あの子はあまりフィディオとは感性の合わない子だから。
きっとまたサッカーくらいしか話題のないフィディオに苛立って、逆にフィディオはそんな彼女の苛立ちを感じ取ってすまなそうな顔をしているのだろう。


…私なら、フィディオと一緒にサッカーの話で盛り上がってあげられるのに。
私なら、フィディオと一緒にサッカーができるのに。
そんなことをつらつらと思い浮かべながじっと彼を見ていると、フィディオはようやく電話を切ったようだった。
それを見て、大急ぎでスケッチブックへペンを走らせる。


「"大丈夫?"」


心底落ち込んでいる彼にスケッチブックを向けると、窓の向こうのフィディオもこちらに気づき、さっと何かを書き込んでスケッチブックをこちらへ向けた。


「"大丈夫だよ。オレはもう寝る。おやすみ。"」



一方的に切られた会話、少々乱暴に閉められたカーテン。
1人取り残された私。
もう勉強には手がつかなかった。
こうなってしまってはどうしようもない、と諦めてスケッチブックを仕舞い、もやもやとした実体のないものを抱えながら、眠りについた。
だいたい私の火曜日の夜はいつもこんな感じ。









「ねぇ名前、今夜のクリスマスパーティで何色のドレス着るの?」


「へ…?」

「へ?じゃないわよ、今夜のクリスマスパーティ。行くでしょう?」


「あぁ……私、勉強するから行かない。」

「えぇ!?行かないの!?みんな楽しみにしてるじゃない!」

「そうだよー!クリスマスにダンスパーティなんてロマンチックじゃない!」


「いやぁ…私はいいよ、あんまり賑やかな場所には向いてないし。」



不服そうな友人達にへらりと笑い、「じゃあ私は先に帰るねー」と言うが早いか教室から飛び出した。
息も切れ切れに校門を出て大通りから一歩入った薄暗い裏路地に入ると、少し気分が落ち着く。ふう、と一つ呼吸を整えて後ろの壁にもたれかかった。



「…ダンスパーティであの子と踊るフィディオを見るくらいなら、家で勉強でもしてる方がマシよ。」


一度そうつぶやいてみると、いくらか気分はマシになった気がする。
少なくとも、余計な事を考える余裕くらいは生まれた。
そうだ、どうせ私にはドレスなんて似合わないのだし。
Tシャツにスニーカーが基本スタイルなのだから、ひらひらしたドレスだなんて着るのも少し億劫なくらい。
それに対してあの子はいつも踵の高い真っ赤なハイヒール。
そこに長い脚が引き立つミニスカート。
あんな最強コンボを普段から何気なくかましてくる彼女なのだから、ドレスなんて着たらどれほど綺麗だろうか。
普通の女の子なんて霞んで消えてしまうくらい美しいのだろう。
フィディオだって、頭は悪いけどかっこいいし、スターだし、二人が並んだらきっと、誰もその間に入ることなんて出来ないに違いない。

やっぱり、そんなの見たくないや。
薄暗い路地で、二人の姿を打ち消すように自嘲気味に笑った。
いやに虚しかった。










「お待たせいたしました、ご注文のハーブティーでございます。」


コトリ、と小さな音と共に白い茶器が置かれる。
ウェイターは静かに去って行った。

もう夜も更けた時間であるので、普段なら賑わっている大通りもあまり人通りがない。
それに学校のクリスマスパーティはまだ続いているだろうから、パーティ帰りの学生がこの通りを歩くのもまだもう少し先だろう。
…それまでには、課題を終わらせて帰ろう。


家で勉強をする予定だったのだが、なんとなしに寂しくなり、私は大通りに面した小さなカフェに課題を持ち込んでいた。
昔はこのカフェで、よくフィディオやジャンルカやマルコ、アンジェロにブラージ…オルフェウスのメンバーと試合の反省会をしたものだ。
私はマネージャーなのに試合に出たいだなんてワガママ言って、よくブラージを困らせたりするのも日常茶飯事だった。
…FFIが終わると、いつしかみんなとは疎遠になっていたが。
そう言えば、もう長いことオルフェウスのメンバーに会っていない。


「はは…」


ぽろり、と何やら冷たいものが頬を伝う気配がした。
それが何であるかは気にしないことにする。
しかしどんなに強がってみたとしても、確かな淋しさが私の胸を突き刺した。



もうマルコやジャンルカやブラージたちとは疎遠になってしまっているし、フィディオには可愛い彼女がいる…。
あの頃から進歩のないのは私1人か…。
そんなことをぼんやりと考えて、漸く気がついた。
最近やたらと私に付きまとっていた寂寥感はこれだったのだ。
フィディオがサッカーからどんどん離れて行く。
他のメンバーはサッカーをしているかどうかすら分からない。
私と彼らを繋ぐものはサッカーだけだったのだ。
サッカーがなければ、私達は赤の他人に等しい。
だから私は、やけにサッカーに拘るのだ。
サッカーをするみんなが好きだったのだ。
サッカーさえあれば、いつまでもみんなと一緒にいられるから。



何かを悟ったような気持ちでハーブティーに手を付けた。
成長と共に変わってしまうのは仕方のないこと。
しかし、周りが変わってしまうなら、私だけは変わらないでいよう。
当時の思い出を消さないように。
私だけはあの頃のまま、キラキラしていた時代を忘れないでいよう。
あの頃の気持ちと記憶を抱えて生きていくのだ。
1人になってしまったとしても。
そう、密かに決心した。




「ありがとうございましたー。」


どうにかこうにか課題も片付き、カフェから出ると冬の冷たい風が身を切った。
そっと息を吐き出すと、たちまち辺りが白く染まる。
ずいぶんと寒い。


何の気なしに遠回りをしてわざわざ近所のグラウンドの前を通ると、フィールドはナイター用の電灯で煌々と照らされていた。
きっとフィディオやオルフェウスのメンバーたちのようなサッカー馬鹿がこんな時間まで練習しているのだろう。
そんなことを思ってくすりと笑みが零れた。
思わず足をフィールドへ向けてしまい、その中心で懸命にリフティングをしている人物に声をかけようとしたのだがー…


「え…フィディオ?」


近寄れば、見覚えのある背格好。
心当たりの名前を呼べば、彼はボールをトラップしてこちらへ顔を上げた。


「名前?こんな時間にどうしたんだ?」


「どうしたって…それはこっちのセリフなんだけど…フィディオ、パーティは?まだ終わってないでしょ?」


ぽかんとした間抜けな顔を晒しながら尋ねると、彼はバツが悪そうに「抜けてきたんだ」とだけ言った。
抜けてきたとは言うがその割にはジャージを着ていたり、ご丁寧にスポーツバッグまでベンチに無造作に置いてある。
どうしたって先ほどまでパーティに出ていた人間には見えない。


「…なんかあった?」


なんとなく、口をついて出た言葉。
この一言に彼やけに大きく反応した。


「フィディオ…?」


「…いやぁ…やっぱり名前には分かっちゃうんだな…はは。」


そうしてぽつりぽつりとフィディオは語りだした。
私にとって、大変好都合な話を。


「まぁ、簡単に言えばアメリにふられたんだよ。アメリには、別に好きな人ができたんだってさ。」


カラカラと笑いながらではあるが、彼の瞳はうすら赤くなっている。
泣いた、のだろう。


「…そっか」


こんな愛想のない言葉しか返すことができない。
アメリとフィディオが別れた。
こんなに好都合なことはない。
今なら、フィディオが精神的に弱っている今なら、彼の隣に寄り添うことができる。
オルフェウスのマネージャーを務めていた私だ、人を慰め激励することくらいは容易い…
そのうちにうまく彼を絆してしまえば…


「情けない話だよなー。なんでか分からないけど、急にサッカーしたくなってさ。
そういやオルフェウスの奴らとも長く会ってないって思ったら、オレ何してたんだろうって…やっぱりサッカーが1番好きなんだって気づいたんだ。」



…あぁ、やっぱり。


「フィディオは、そうでなくちゃ。」



私の大好きな、彼だ。



「ありがとう。名前」



私に彼を絆せるわけがない。
私が好きなのは、恋愛も勉強も何もかもをほったらかしにしてがむしゃらにサッカーに打ち込むフィディオなんだから。
例え相手が私自身であっても、フィディオが恋愛を1番にしているだなんて考えたくない。
サッカーが好きなフィディオが1番好き。


「やっぱり恋愛なんてオレには合ってないよ。女の子なんかより、サッカーボールの方がよほど扱いやすい。」


「あはは。確かにね。」


「やっぱり女の子は名前だけでいいよ。これからもよろしく頼むよ、オレたちの頼れるマネージャー!」


「りょーかい!」




この関係が戻ってきた。
きっとフィディオは私のことを恋愛対象としては見ていない。
それでも、私が1番彼の近くにいる。
そのサポートができる。
それだけで、私は幸せだ。


「ジャンルカやマルコと話してたんだ、またオルフェウスのメンバーでサッカーしたいなって。その時はもちろん、名前に1番近くでオレ達のこと見てて欲しい。…名前さえよければ、だけど…」


「…何言ってんの、私が見てなきゃあんた達すぐ喧嘩するんだから。見守ってるよ、ずっと。」


互いに笑いあえば、どちらからともなく、トンっと拳が合わさる。
再スタートの合図。
私にもフィディオにも、まだ恋愛は早かったんだ。
二人揃ってサッカーバカ。
恋愛なんて気恥ずかしくて、少しむず痒い。
だけれど人を好きになることはある。
伝え方が下手なだけ。
でも、焦ることはない。
これからゆっくり、二人で大人になれば良いのだから。


その時には、フィディオが私を誰よりもトクベツな女の子だと思ってくれればいい。









心名様へ!
フィディオ×You belong with me T swift












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