鳥籠の中で飼い殺し

戦闘、開始。






「チェック」

「……っ!」


チェックをかけられたキングの前にナイトを置いて、ギリギリでチェックを回避した。
(危ない、ところだった…!)
ふう、とこっそり一息つくが、まだまだ攻め込まれているに変わりはない。
このままではいつも通り負けてしまう。


「へぇ…上手く逃がしたじゃないか。」


にこり、とヒロトさんが眩しい笑みを見せた。
しかしこれは決して心の底から私の先ほどの一手を賞賛しての言葉ではない。
これは、まだ別の手がある時に見せる顔。
まだまだ油断は禁物なわけである。


「うーん…どうしよう、困ったなぁ…」


「…白々しいです」


「はは、白々しいだなんて。オレは本気で悩んでるんだよ?…よし、決めた。」



「あ…!!」


ニコニコと微笑みながらヒロトさんが進めたビショップ。
それはしっかりと私のクイーンを狙っていた。
逆に言えば私のクイーンでヒロトさんのビショップを取ることもできたのだが、そこへ進めてしまうと、またポーンが待ち構えている。
クイーンを取られるわけにはいかない…!
ヒロトさんが相手じゃあ、クイーンなしでは太刀打ちできない…。


「(仕方ない…ナイトを間にはさんで犠牲にするしか…)」


そうしてナイトへと手を伸ばしたものの、すぐにひっこめた。
たらりと冷や汗が額を伝う。


「(あっ…ぶな…このナイトを動かしたらルークでチェックかけられちゃう…)」


と、なると。
もうクイーンをおとなしく取られるしかない。
しかし、クイーンを取られてしまうと、自陣に残っているのはポーンとナイト、それにキングのみ。
これでは戦えない。
やはりヒロトさんのクイーンを取るために払った犠牲が大きすぎたようだ。
今になって後悔しても遅いことだが。


「さぁ名前、どうする?」


正真正銘、追い詰められた。





私はとりわけ大きな企業の社長の一人娘であった。
父も母も基本的には企業の次期跡取りとしての教育は全て四つ上の兄に注ぎ込み、私に対しては、砂糖と蜂蜜でも注ぎ込むかのような甘やかしよう。
私にとっては居心地がよかったが、逆に私は、何もできない人間に育ってしまった。


私が16歳のある日、突然両親と兄が事故で亡くなった。
16歳ともなれば、普通なら後見人と、下世話な話だが金銭さえあれば一人でも生きてゆける。
ましてや私には莫大な遺産が遺され…その内には父の名字グループも含まれているのだから、経済力に関しては申し分無かった。
ところが私は一人で生活ができなかった。
言うまでもなく、両親から甘やかされて育ち、そして私自身も甘ったれていたせいである。
無論、そのような私が父の遺した名字グループなど運営できるはずもない。
そこで、私は親類縁者に助けを乞うたのである。
父の遺した名字グループを譲渡するから私の後見人となり、私の面倒を見て欲しい。と。
しかし、
このようにわがままに育ち、典型的な世間知らずのお嬢様である私の面倒など誰が見ようか。
例え莫大な遺産が手に入ろうと、である。


そうして誰にも助けられず、ほとほと困っていた時に、ヒロトさんはやってきた。
大企業である吉良の御曹司であるヒロトさんのことは何となく知っていたが、実際に会ったのはその時が初めてだった。
噂通りの端正な顔立ち、物腰の柔らかさ、まさに紳士であった。
未だに彼の言葉を覚えている。
「これからはオレが君の面倒を見ようー…ただし、当面の間名字グループは吉良グループの傘下に入ってもらう。……大丈夫、いずれ君に返してあげるよ。いつか、君が名字の名に相応しい大人になれば、ね。」





さぁ、どうする。
いくら考えても打開策が見つからない。
悔しい、悔しい、悔しい…!!
オープニングは私に分があった。
それを完全にミドルゲームでやられたのである。
いつもそうだ。
序盤での優勢がひっくりかえされる。
いとも、簡単に。


「さて、どうする?」


あの日、私を拾った日と同じ微笑みを浮かべて優雅に指先を組むヒロトさんが遠い。
私では、やはり一生勝てないのか…。


「こうして名前とチェスをすると思い出すよ、君と初めて会った日のこと。」

「え、?」

「あのどうしようもなかった名前がずいぶん成長したなぁ…って。」


感慨深そうにしみじみと語るヒロトさん。
だが、私にはそうは思えなかった。
成長、だなんて。
まだチェスでヒロトさんに勝てないどころか、未だに家事は苦手な私が。
経済学は苦手、交渉も嫌い、社交界だって得意ではない。
人間としても、一企業の責任者としても危うい私が。
成長、だなんて。


「ふふ、不満そうだね。」


かたん、と音を立ててヒロトさんが私のナイトを倒した。
私のキングはいま、丸腰だ。


「あれから比べれば、名前は随分と大人になったよ?まだチェスでも私生活でも隙は多いけど…」


仕方なしにポーンを前へ進めた。
もうこうする他ない。
するとヒロトさんはにこりと人の悪い笑みを浮かべ、チェス盤へ手を伸ばした。


「チェックメイト」


コン、と軽い非常な音とともに、キングが捕らえられた。


「う…」


「はは、悔しい?でもこの頃の君には手加減してちゃ勝てないからね。本気でやらせてもらってるよ。」


「そりゃあ…手加減されるより、本気できてくれる方が嬉しいけど…」


「…君は、どんどん大人になっていくね。」


ボソボソとはっきりしない口調でごちると、どこか一瞬、遠くを見てヒロトさんはぽつりと呟いた。
その言い知れぬ色気と閑寂に思わず口を噤んだ。


「今じゃもうチェスくらいなんだよ、君を思い切り叩きのめしておけるのは。」


…そんなこと、しなくてもヒロトさんと私とでは雲泥の差があるのに。
わざわざ勝ち負けのハッキリするチェスで勝負をつけなくても、誰が見たって私とヒロトさんの間に立ちはだかる高い高い壁は明らかなのに。

そんな私の思考を読み取ったのか、ヒロトさんはゆるりと寂しそうに微笑んだ。
そして、私の頭を優しく撫でる。


「大人げない話かもしれない。でも…」


「でも?」


寂寥を孕んだ瞳が私を捉える。
ヒロトさんは、やはり寂しそうな微笑を崩すことなく私を抱き締めた。




「こうでもしないと、君はオレの保護下から抜け出してしまうじゃないか。」












恋日様へ!
基山ヒロト×チェックメイト ゆちゃP
















[ 13/19 ]

[*prev] [next#]
[mokuji]
[しおりを挟む]



×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -