リグレット・イヴ
昔からチキンだのヘタレだの臆病だのと言われ続けては否定してきたが、今となっては認めざるを得ない。
確かに私は筋金入りのチキンでヘタレで臆病者だ。
十年近くも猶予がありながら、好きな男性に告白の一つもできないのだから。
「もう荷物は送ったの?」
「うん。秋の言った通りにひと月前には送ったよ。」
私は、初めて会った時はあまり吹雪が好きではなかった。
何だか女々しかったし、弱々しかったし、沖縄でもマフラーしてる変なやつだし。
彼の生い立ちを聞いた時だって、いつまでもウジウジしてる奴だとしか思わなかった。
同情はした、でもいつまでも前を向かない態度にイラついた。
「それにしても寒いなー・・・」
「何言ってるの、これから名前はもっと寒いところに住むのよ?この程度じゃ動じちゃダメよ。」
「それもそうだね。」
はー、と白い息を吐き出して、両手をこすった。
隣を歩く秋も同じことをしている。
寒い、な。
「ねぇ、名前」
「なに?」
「元気でね」
あまり好きではなかった吹雪への印象が変わったのはいつ頃だったか。
紛れもなく、FFIの大会中だっただろう。
確かに彼の変化の起点はジェネシスとの最終決戦だったのだろうけど、でもあの時は私も必死だったから。
吹雪のことなんか眼中になくて。
やっと普通の毎日に戻って、FFIが始まって、そこで漸く私は吹雪の変化に気がついたのだと思う。
アジア予選中の吹雪は気丈で、以前よりはいくらかタフだった。
離脱してもう一度戻ってきた時には、強かになっていた。
その時点では、もう、好きだったんだろうなぁ。
「私も送るから、手紙書いてね。それから風邪引かないように気をつけて、具合が悪くなったらちゃんと病院に行くんだよ!あとお腹出して寝ないように・・・」
「やだ、秋ってば。私もう子供じゃないんだから。」
「あぁ・・・ごめん、つい心配で・・・」
困ったふうに苦笑する秋に同じく苦笑。
仕方ないよね、中学時代から私はさんざん迷惑も心配も掛けまくったから。
「じゃあ、ここで。わざわざありがとう。」
「やだ、何言ってるの!私こそ駅まで行けなくてごめん。」
「講義があるんだから仕方ないよ。むしろここまで見送りにきてくれてありがとう。すごく嬉しい。」
「名前・・・忘れ物は、ない?」
「ないよ。荷物はもう全部向こうに送ったもん。」
「・・・本当に、忘れ物はないの?」
どきり、とした。
秋はきっと、彼のことを言っている。
でもそれはー忘れ物ではない。
忘れたんじゃなくて、それは置いて行くの。
「本当にないよ。」
にこりと微笑むと秋は少し面喰らったような顔をしたが、すぐに微笑み返してくれた。
額同士をこつりと合わせ、「ずっと友達よ」と笑いあった。
「じゃあ、行くね。」
「うん、行ってらっしゃい。」
こうして、私は1人駅へ向かった。
大通りはイルミネーションの光と、幸せそうなカップルに溢れている。
羨ましいと、率直に思いつつ、首に巻きつけたマフラーに手をやる。
吹雪に渡そうと思って不器用ながらも編んだマフラー。
よくよく考えれば、チキンな私が渡せるはずなかったのに。
後先考えずに編んじゃって、馬鹿だなぁ。
何時の間にか辿り着いた駅のホームへの階段を下りながら、マフラーを外した。
確かホームにはゴミ箱があったはずだ。
「ー電車が参ります、電車が参ります」
あぁ、さよなら。
「ーちゃん!名前ちゃん!」
「名前ちゃん!」
ガッと力強く肩を掴まれ、方向転換を強いられる。
驚きで瞬きすらもできない瞳に、焦ったような白髪が映る。
冬の時期には似つかわしくない汗の匂い。
「え、・・・」
「良かった、間に合って・・・!」
吹雪・・・?
なんで、なんでなんでなんで!!
「キャプテンと木野さんに聞いたよ、留学するんだって?」
「うん・・・。」
「どうして、僕に教えてくれなかったの?」
寂しそうに吹雪はポツリと呟いた。
それに、なんとか最後の力を振り絞って言葉を捻り出す。
「お別れを言っちゃうと私が寂しくなるからさ、秋と円堂以外には言わないって決めてたの。」
やっぱり私、ヘタレだねと緩く笑って見せた。
これで、いいよね。
もうさよならするんだもの。
「・・・僕は、」
「え?」
「僕は、名前ちゃんの特別にはなれなかったんだね。」
「吹雪?」
「君は僕の特別だから、君にとっての僕も、特別なんだと思ってた…。」
なにを、言っているんだ。
頭に強い衝撃を喰らって動けない。
電話が、もう来ているのに。
はやく乗らなきゃ、
「待って、行かないで。」
電車に乗り込もうとした私の腕を吹雪が掴む。
ねぇ、やめてよ。
都合のいい勘違いをしてしまう。
期待させないで。
「行ってほしくない、行かせない。」
離して、その一言が言えない。
私は弱虫だから。
行かなきゃいけないってわかってるのに、まだ吹雪を感じていたくて。
なんだ、結局私…吹雪とお別れする勇気なんてなかったんじゃない。
やっぱり私、ただのヘタレだよ。
「好きだよ、名前ちゃん。」
掴んでいた腕を引き寄せ、自身の腕の中に私を閉じ込める吹雪。
その声は、すこし震えていた。
「わ、私、私も…!」
そう口にした時にはやんわりと吹雪のきれいな顔が近づいていて、私は静かに瞳を閉じた。
ガタンガタンと電車がホームから出発した音がする。
初めて触れた彼の唇は、ほんのりと涙の味がした。
叶様へ!
吹雪×初めての恋が終わる時 ryo
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