検査シマセウ、貴方ノ愛ヲ

※「赤い策略に嵌まって目眩」の続き





ポーン、ポーン、と辺りに響く間延びした音が六度鳴った。
午後6時の合図。
奴はそろそろ帰ってくるだろう。
女中に聞かれぬよう声を潜めて一つ文句を言い、私は重い腰を上げて玄関へと向かった。




「ただいま、名前。」

「お帰りなさいませ、御前様。」


私に声だけは掛けるものの、視線はずっと羊皮紙に向けっぱなし。
上等な革靴を脱いで、これまた同様に高価そうな鞄を私に預けると、そのまま私へ視線も遣らずに書斎に直行してしまった。


残された私は一つ小さくため息を漏らす。
私ただ1人だけが立ち尽くす玄関ホールは、小さなため息一つでさえもやけに大きく響かせた。



最近のヒロト義兄様は、私にあまり興味を示さない。
私が吉良屋敷に住まっていた頃はあれほど私に執着していたくせに、一度私を自分の屋敷に拉致してしまってからは私への興味が失せてしまったらしい。
以前とは会話の回数もめっきり減り、朝はいつの間にか出仕して、時には帰宅しない日もある。
それに何より腹が立ったのはー…


「あぁ、円堂くん?この間の鹿鳴館でのダンスパーティ、お疲れさま。え、オレ?オレは全然大丈夫だよ。」



鹿鳴館でのダンスパーティ。
御一新の後すぐに建てられた洋館、鹿鳴館では夜な夜な政府の高官たちが外国の重鎮を招いて接待パーティを催している。
もちろんそこは高官たちが集う場であるので、婦人の同伴が義務付けられているそうだ。
豪炎寺陸軍大臣や円堂閣下は奥方をお持ちだし、不動外務大臣は給仕の女中を連れておられるらしい。


ならば、それならばヒロト義兄様だって私を連れていけばいいだけのこと。
何もわざわざ楼閣で芸娘を手配しなくとも、私を連れになさればよい話ではないか。
確かに私はまだ女学校へ通っているが、楼閣の芸娘とて私とさほど歳は変わるまい。
それに私は一応…


「(義兄様の、許嫁なのに。)」


私を無理矢理に自身の許嫁になさったのは紛れもなくヒロト義兄様だ。
その為だけにわざわざ吉良の籍から外れて基山籍にお戻りになった。
そうではなかったか。

それなのに私を手中に入れてしまえばこの有り様。
もちろん、人付き合いもおありだろうから楼閣へ行くなだなんて言えないのは分かっている。
しかし、仮にも私を愛しているならば…そう芸娘に入れ込むのはいかがなものだろうか。
基山枢密院議長は鹿鳴館でのダンスパーティの時にはいつも美しい芸娘を連れていると各紙が連日報道しているのだ。
ヒロト義兄様のせいで人生を潰された私にしてみれば気持ちの良いものではない。
いや、もしかしたら私がこんな事を思うことすらお門違いなのか…。
もしかして義兄様は私のことなどもう女として見ていない…?


「どうかしたかい?顔色が悪いよ。」


はっと気がつくと、先ほどまで円堂閣下と電話をしておられた義兄様が私の顔を覗きこんでいた。
久しぶりにその翡翠の瞳とまともに視線がかち合う。


「何でもありません。今日は少し暑いので気分が優れないだけですわ。」


適当な言い訳をしてから思わずフイとそっぽを向いてしまった。
その翡翠の瞳に映った私は、やけに醜い姿をしていた。




「それはいけない。早く寝所に下がった方がいいね。」


あれからヒロト義兄様の寝室に連れてこられ、広い天鵞絨の真紅の天蓋のついた寝台に押し込められた。
しかし何かが心の奥底で燻って眠ろうにも眠れない。
仕方なしにぼんやりとサイドテーブルにおかれた紙の束を見つめておいた。


何やら難しそうな文字やら私には分からない外国語…ドイツ語だろうか、そんなものがたくさん散らばっている。
義兄様のお仕事の書類だろう。
最近は枢密院以外にも、憲法?とかいう新しい法の草案を作る仕事にも携わっているそうだ。
義兄様は、お忙しい。



もう何も見たくなくて、蒲団の中に潜り込んだ。
「名前、」


キイっと扉が鳴り、優しく、気遣うように私の名を呼ぶヒロト義兄様の声が鼓膜を揺らす。
聞きたくなくてさらに深く蒲団に潜り込んだ。


「おやおや、」


姿は見えずとも、蒲団の外でヒロト義兄様が穏やかに微笑んでおられる様子が目に浮かぶ。
私を子供扱いなさっているのだ。
だから、仮にも許嫁である私を軽々しく御自身の寝台へ押し込めるのだ。
私はそれが、口惜しくってたまらない。



「名前、粥くらいは食べられるかい?」


「結構ですわ。」


「一口くらいは食べなくてはいけないよ、藥を飲めないからね。」


「藥など必要ありませんわ。私のことなどお気になさらず、御前様はお仕事に専念なさいませ!」


最後は半ば叫ぶように言い放った。
じわりと涙が滲む。
八つ当たりだと分かっている、でもどうすれば良いのか皆目見当もつかないのだ。
義兄様に棄てられたら、私は、私は…!



「名前、顔を上げなさい。」


ばさりと蒲団が捲られ、優しくヒロト義兄様が諭す。
そう言われれば逆らう訳にもいかず、恐る恐る面を上げた。
私は大層酷い顔をしているに違いない。


「目が腫れているね。…そんなに思い詰めていたのかい?」


ゆるりと私の頬を撫でながら、義兄様は優しく問う。
私は目を閉じ、ゆっくりと首を縦に振った。



「誤解をさせたようだね。すまない。」


「ご、かい…?」


義兄様は私を抱き寄せ、唇にそっと接吻した。
あまりに優しいその行為に、「不純だ!」などと考える隙すらもなかった。


「まだ君は女学生だ。学べるうちは自由に学ばせてやりたい。そう思うのは、いけないことかい?」


「義兄様…、」


「それに、君は勉学が好きなようだから。一度でもオレと一緒に政府主催のパーティに出席してしまえば・・・君は「基山ヒロトの婦人」として認識される。そうすれば、もう自由に女学校にも通えなくなってしまう。」


「まさか、義兄様はそれで毎回違う芸妓をお連れになっておられたのですか!?」


それに義兄様は答えなかったが、ゆるりとまた微笑んだ。
あぁ、どうしていつも貴方は・・・!

「わかりづらすぎる・・・」

「それがオレだからね。」



そんなのズルい。
私だけ悩んで、苦しんだのが馬鹿みたいじゃないか。

でも、信じてみてもいいかもしれない。
そう言って私を抱き上げ、「愛してるよ、名前」と囁いたヒロト義兄様・・・いや、ヒロト様は、世界で一番かっこよかったのだから。





1000企画 匿名様へ!


基山ヒロト×シリョクケンサ 40bP









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