レモンイエロー弾ける夏


※「真夏の酸素乖離曲線」の続き






「やっちゃった……」



結局あの後、ヒロトの方も見ずに走って園に帰ってしまった。
もう頭の中がごちゃごちゃで、どうにもなんなくて、私にもどうしていいかわからなかったのだ。
とにかくヒロトの顔を見たくなかった。
ヒロトから逃げたかった。
そんなわけで逃げ出したわけだが、園に帰ってきてしまえば嫌でも夕食時にヒロトと出会ってしまうと気がついたのはついさっきのこと。



「くそ……やっちまったなぁ……とりあえず玲名にメール……」


のろのろとベッドに寝転がったままケータイを鞄からあさり、今頃は歌わずにひたすら食い漁っているであろう彼女にメールでヘルプを求めようとした、のだが。


Eメール 1件


「…玲名から?」


カチカチと操作して開いたメールには驚愕の文面が。


『今日は私達も由紀達も夕飯は食って帰るそうだ。
ちなみに晴矢たちサッカー部も練習後にファミレスに寄るとか何とか言っていたから今日の夕飯はお前とヒロトとチビ共だけだぞ(笑)』



「は……」



何てバッドタイミング……!
女子陣はまぁ、みんな合コンだし夜ご飯くらい食べて帰ってくるのも頷けるけど、晴矢たち…!
今日は直帰しろよ!
ファミレスは明日にしなよ!
タイミング悪すぎだろ!


しかもちびっこ達は早く寝なきゃいけないから夕飯は18時。
私たち高校生はちびっこ達の夕飯が終わってリビングが空いてからだから19時。
ってことは実質私とヒロトの二人だけってことじゃん!



うぁああとベッドでゴロゴロ転がりながら考えた。
かくなる上は晴矢かリュウジを脅して帰ってこさせるしかない、と。



「ごめんね、晴矢、リュウジ!」



そうして二人に送る脅迫メールを打とうとした瞬間だった。
パタパタ駆けてくる軽い足音が私の部屋の前で止まったのは。



「名前姉ちゃん!」


「わたしたちご飯終わったよ!」


「もうご飯食べていいよ!」


「ヒロト兄ちゃんが姉ちゃんのこと待ってるよ!」


「早く!早く!」




なん……だと……!
扉越しの"早く"コールに(精神的に)追い詰められるのを感じた。
いっそこのまま居留守を決め込んでやろうかと思ったが、ちびっこ達を悲しませるわけにはいかない。
あの子達はケンカ事に敏感なのだ。
私とヒロトがケンカ別れしそうだなんて知ったら酷く悲しむに違いない。
だからヒロトと別れるなら自然に、あの子達の気のつかない内に遂行しなきゃいけない……。


と、いうことは。



「ごめん、じゃあご飯行ってくるね。」


「行ってらっしゃい!」


「行ってらっしゃい!」



扉の外に居たちびっこ達に手をふりふり、リビングへ向かった。
ヒロト一人だけがポツンとテーブルに着いている。
普段の私ならヒロトが居るときはその隣か向かいに座るのだけれど、今日ばかりは彼の斜め左に座った。



「遅かったね。」


ぽつりと彼が呟く。


「そうかな。」


私も俯き加減にそう答えた。



ヒロトと別れ話をするならば今だ。
この時間はちびっこ達と瞳子姉さんはお風呂だし、中学生は勉強。
リビングには私とヒロトだけ。
誰にも聞かれずに別れるなら今しかない。
別れてしまえば、どうせ同じ家に住んでいてもヒロトには滅多に会わないのだし。
誰にも気づかれやしない。
一緒に居ても別れてもどうせ苦しいままなら、自由になってしまえば幾分気も晴れるだろう。
どうせすぐに別の男に意識が向くに違いない。
ヒロトのことなんて忘れてしまえ。





「ねぇ、ヒロ「名前、」」



「君は、オレと別れたいの?」



彼は、真っ直ぐに私を見つめて言った。
ヒロトは普段、何を考えているのかよく分からない顔をしているが視線だけは鋭い。
そういえば、私はヒロトのこの瞳が好きだったんだと今更思い出した。



「正直、オレは君との交際に飽きてた。」


「じゃあ、やっぱり私たち別れた方が…」


「待って、早まらないで聞いて欲しい。」



男のくせに腹立たしいほどに白い手を私の口元へ寄せて黙らせる。
彼は優しいばっかりじゃなくて、時々こんな風に強引なこともするのだ。
学校でもそうなのだろうか。
他の女の子にも優しくしたり、時に強行手段に出たりするのだろうか。
…そうだとしたら、やっぱりすごく嫌だ。



「高校に入る前から、FFIが終わった頃からずっとオレは君に飽きていたんだ。だからかな、高校に入って、周りが急に新しくなって、オレの意識は君よりもそちらの方にいった。」


「……そう。」


「昼に君が言ってたことも事実。オレに告白してくれた女の子の1人に好意を持っていた。告白は一応断ったけど、彼女にお願いされたことは何でもした。キスもしたし"君とはまだしていないこと"もした。」


「……!」



最低、と。
率直に思った。
こんな奴の話など聞かずに早々に別れてしまいたい、と強く思った。
しかし、それ以上に悲しくて、苦しい。
気がつけば視界が歪んでいた。



「だから早く君とは別れてしまおうと思ってた。今日、園に帰ったら君にその話をしようと思ってたんだ。」



「ッじゃあさっさと……!」



その続きはヒロトの唇に押さえ込まれて言えなかった。
卑怯な奴だ、都合の悪いことは黙らせてしまうだなんて。
でも、久しぶりに触れたヒロトにくらくらしてしまって、頭が回らない。
気がつけば縋るように彼の首元に腕を回していた。



「っは……」



名残惜しく離れた唇を眼で追ってしまう。
ヒロトの顔なんて二度と見たくないという思いともっと触れて欲しいという思いが交錯する。



「君が、合コンに行くなんて言うから。」


「え?」


「確かに君が言った通りおかしいんだ。…君への興味は失せたと思ってたのに、急に君が愛しくなるだなんて。君を独占したくなるなんて。」

「…勝手すぎるよ、」

「そうだね。でも、オレは君を離したくない。誰の瞳にも入れたくない。誰にも触れさせたくない。率直に言うと君と1日中セックスしていたい。」



びっくりした。
ヒロトがこんな事を言うなんて。
しかしここでヒロトの話は終わってくれない。
ブレーキのかからない自転車が如く好き勝手話続ける。



「別れたくない、君が好きだよ。謝ったって許してはくれないだろうから謝らないけど。その代わり、一生君を愛し続ける。大切にする。だからさ、」


彼はそこで一旦切り、私の両手を握った。
そしてあれよあれよという間にまた唇がかっさらわれる。



「世界で一番幸せにしてあげる。名前、結婚しよう。」

「な……何言って…!」

「まぁ結婚はまだ先の話だけど。だから手始めにさ、」


そこでまたさらにちゅっと可愛い音をさせて短いキス。
一体どうしたヒロト。
いつの間にキス魔になったんだ。


「夏休みはプールに行こうか。そうだ、その前に買い物に行こう。名前の水着を買いにね。」


私はまだ承諾してない!
なんて、えらく上機嫌に私の額にキスの雨を降らせながら言うヒロトには言えなかった。この時点で私の負け。
結局私はヒロトに惚れているのだと思い知った。


「寂しかったんだから、馬鹿。」


何となくヒロトに上手く丸め込まれたみたいで気に入らない。
負けっぱなしは悔しいから、反撃とばかりにヒロトの唇に噛みついてやった。
するとヒロトは、嬉しくて恥ずかしくて欲情しているような複雑な表情で笑った。





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