噂の彼女の名前はナマエといった。ナマエは綺麗だ。
肌は透き通るように白くて睫毛は長いし鼻も高い目はクリクリのうるうる。初めてナマエを見た時、女子一同が声を揃えて「羨ましい」というだろうその美貌に僕は何かを期待していた。何かって、学校が誇る秀才なんじゃないかだとかヴァイオリンが驚くくらい上手いんじゃないかとかどっかの大手企業の社長令嬢なんじゃないかとか。でも実際は全然そんなことなくて普通の生活をした普通な女の子だった。いや、多少ずれているかもしれない。

「はぁ、エバンスってば今日も一段と可愛い」

そう、彼女は同性愛者なのだ。
ナマエが言うには“男を好きになるなんて天地がひっくり返っても有り得ない。”らしい。特にシリウスは顔を見ただけでも眉間に皺を寄せてひどい顔をする。悪い時はトイレへ直行するほど。


「聞いてリーマス!今日はリリーがわたしの名前を、名前を呼んでくれたの!」
「良かったじゃない。今日はリリーの隣座れた?」
「いいえ、駄目だった。ドキドキしちゃって、挨拶をするのもやっとで。」

シュンと肩を下げる姿に微笑む。綺麗な顔をして、仕草はとびきり可愛いんだ。
次は出来るよと肩を叩けばナマエは安心したようにふわりと笑った。






男嫌いのナマエが何故僕にべったりなのか、シリウスが不思議そうに尋ねた時があった。

「バッカね。リーマスはどっかの誰かさんみたいに女の子を何人も連れてたりしないし言葉遣いだってちゃんとしてるし、何より私を変な目で見ないもの」

ねぇリーマス?と僕に同意を求める君。首を傾げる姿に悶えそうになる。ああ可愛いなんて可愛い。

「もちろん。ナマエのことは大好きだけど、友人としてだからね」

嘘だよ。笑って返すけど心の中は笑えてない。変な目で見てない?友人として?まさか。






最初は全くといっていいほど興味が無かった。あの驚くほど整った顔は男の中でも女子の中でも有名で、ナマエの名前も学校中に知れわたっていたけど生憎僕は女性に関心が無かった。本が恋人ってシリウスにはよくからかわれていた。彼女と仲良くなったのはずっとずっと経ってから。きっかけはジェームズの下らない話で、


「リーマス、ナマエって子知ってるかい?ほら綺麗な顔したレイブンクローの」
「彼女実はレズなんだってさ」
「ハハッ、どうりでシリウスになびかないわけだよね」

一人ペラペラと喋り続けるジェームズに何故か不快感を抱いた。
いつもなら誰の悪口を言ってようが汚い言葉で話そうが適当に頷いて軽く流すのに。どうでもいいはずなのに。

「止めなよ。下らない話するなら、僕は行くよ」

読んでいた本を閉じて口を半開きにして驚いているジェームズの横を通り図書館へ向かった。本当はもう本を読む気分にもならないけど。

椅子に座って乱暴に本を広げると前の席に座っていた女の子が肩をびくりと震わせた。黒く長い髪には見覚えがあって、よく顔をみればなんと噂の彼女だった。噂の彼女は期待を裏切ることなく綺麗だった。そうっと覗き込むと彼女はきょろきょろと目を泳がせた。

「………あの、私の顔に何かついてますか…?」
「えっ。あ、違うんだ。ごめん」

「…あんまり、見ないで下さい」

何を誤解したのか嫌そうに眉を下げて本で顔を隠した。その姿に何故か胸が熱くなった。

それからは授業も休み時間も見かければ必ず声をかけた。彼女の声が聴きたくて、知っているのに名前を聞いたりした事もある。
ナマエを間近で見た時は戸惑った。普段からシリウスの顔を嫌というほど見ているため整った顔は見慣れているつもりが、ナマエは格が違った。頬はチークを塗ったようにほんのりピンクで、唇は熟れたサクランボ。影ができるほど長い睫毛を見るのは初めてだった。僕は彼女の綺麗なところを見つけるたびにどんどん彼女を好きになっていった。
会いに行く事に初めは嫌がって避けるようにしていた彼女も段々と心を開いてくれて、それがどんなに嬉しかったか。多分、その時にはもう大好きだった。







人嫌いな僕だけど、彼女に関しては愛しいばかりで、嫌な所なんてただ一つも無い。目も鼻も唇も声も、他人にはつっけんどんなとこも泣き虫なとこも全部ぜんぶ可愛くて。だから僕はついに我慢出来なくなってしまった。
唇が触れたと思ったら、パチン!と音がして、頬がじんわり痛む。すぐに泣き声が聞こえたから、うつ向いた顔を上げられなかった。どうしようとか謝らなきゃとか考えるよりもずっと早く、身体中が熱くなって心拍数が異常なくらいに上がった。泣きそうになるくらいに気持ちが高ぶってる。


「………何てことするの? ……さ、最低よ」


君がぽつりと溢した言葉は僕の気持ちを簡単に地獄へ突き落とす事が出来るの知っているかな。今まで聴いたことのない暗く重い声は、痛い。シリウスの愚痴を言うときだってそんな声だしたことないのにね。


「嘘つき、私たち友達だって言ったじゃない」
「うん」
「どうして、こんな事…」
「…うん」


どうしてこんな事って、好きだからだ。だってどうしようもなかったんだ。好きで好きで、どうにかなりそうで怖くて。
こうなる事はわかっていた。僕だって馬鹿じゃない。我慢してたら仲良しでいられたのに。分かっていたのに。


ぽちゃんぽちゃんって情けない音を出して落ちる君の涙を見つめながら唇を噛んだ。
どうしてこんなにも苦しい?ただ、愛してるだけなのに。





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