受け入れられない




「う……ぐうぅ」

 到底女子とは思えない声が自分の口から発せられた。レシピ集を見ても、クックパッドを眺めても全くわからない。玉子焼きくらいしか作れない人間にお菓子を作れなどというのは無謀の極みである。

「女子力で手嶋にかなうわけないじゃんか……」

 先月、手嶋とバレンタインに友チョコを交換することになったのだが、同じブランドの全く同じチョコレートを購入してしまった。だからホワイトデーはお互いに手作りしようと言い出したのは手嶋だ。冗談でしょ、と口をついて出てしまうのも仕方のないことだった。手嶋が料理得意なのは知っているし、何度か手作りのお菓子をもらった事もあるからその腕もわかっている。手嶋が手作りするなら私は買ったっていいじゃないなと告げれば、彼は眉を垂らして不公平だと口にした。

「オレだって手作りが欲しいよ」
「でもやっぱ美味しい方がいいじゃん。既製品の方が絶対美味しいって!」

 手作りの良さというのは、コストパフォーマンスとか、心のこもりかたとか、いろいろあると思う。だがそれは上手な人だから言える事であって、私のような不器用人間が生み出すものを人様に差し出せるはずもない。

 数日前に手嶋に押し切られてしまってから、私は毎日こうして頭を悩ませているのである。

「手嶋がバレンタインチョコを手づくりしなかったばかりに」
「先月も同じようなフレーズ聞いた気がするな」

 手嶋が眉を下げて笑うのを、いつものように格好いいなとは思えなかった。今はただただ憎らしい。

「……じゃあさ、ひとつ提案があるんだけど」
「……何よ」

 途方に暮れる私に、手嶋がさも名案を思いついたかのように口にした。それは、私にとって一石二鳥にも三鳥にもなる提案で。

「一緒に作らねぇ?」
「え、どこで」
「オレの家で。まだ決めてないけどさ、紅茶に合うクッキーとか作って、一緒にティータイムしようぜ」

 手嶋の家で、一緒に、ホワイトデーのお菓子を、作る?
 手嶋と待ち合わせをするのも、手嶋の家に行けることも、手嶋とお茶できるのも、どれかひとつでも私にとっては嬉しいことなのに。

 手嶋はわかっているのかな? きっとわかっているだろう。私が手嶋のことを好きだって。口にはしていないけど、手嶋も多分そうなんだと、思う。バレンタインに友チョコを交換しようと言い出したのも、そもそも手嶋の方だ。
 でももし違ったら? 告白して、その返事が拒絶だったら。そう考えると怖くて先へ進めない。機を伺っているのはお互い様なんだろう。策士だなんだと言いながら、実は結構臆病なだけなんじゃないかと、自分を棚に上げて思うのだ。

「……嫌だったか? 家は多分、汚くはないと思うんだけどな」
「そ、そんなこと思ってないよ! 行く、嬉しい!」
「う、嬉しい? オレの家くるのが?」
「うん、一緒に作ってくれると失敗する可能性低いし、手嶋も死なずに済むもんね! 助かるよ」
「あっ、そう……そっちね」

 返事をしない私に手嶋が不安そうに言ってきたので慌てて返せば、手嶋は溜息を吐いた。



 今年のホワイトデーは平日だったので、その前の週末に手嶋の家にお呼ばれすることになった。私は手嶋の家を知らないので、街で待ち合わせをして手嶋の案内のもとやってきた。休みなのにお母さんはいないらしい。というのも、私が家に来ることを告げたところ「邪魔したら悪いから買い物に出かけるわね、夕方帰るから」とのこと。変に勘繰られて困るよな〜と照れ笑いする手嶋も、これはきっと策略なのだろうかと私も変に勘繰ってしまう。手嶋は一体お母さんに私のことどんな風に話したんだろう。

「さて、早速始めるか!」
「何作るの?」
「まず初心者に優しいクッキーとマフィンのミックス粉を買ってきた」
「ミックス粉なんて売ってるんだ。ホットケーキミックスじゃダメなの?」
「作れなくもないけど、膨らみ方とか、配合が違うらしいからな……オレはちゃんと小麦粉使ってるけど」
「何その、オレは初心者じゃありませんみたいな」
「みょうじよりはな」

 手嶋のドヤ顔に突っ込みを入れながら、既に用意されていた道具達を眺める。私の家にはないものもある。電動のホイッパーとか画期的だなぁ。うちは何でも手動なんですけど。

「みょうじ、ボウルに卵割り入れといて。それくらいできるよな?」
「いくらなんでも馬鹿にしすぎでしょ」

 私だって玉子焼きくらい出来るし、調理実習だって特別上手くはないけど普通に評価もらってるんだからな! 米研ぎ係だけど。

 手嶋の指示のもと、生地を混ぜたり捏ねたり。

「なんか粘土遊びみたい」
「食べる気なくすからやめろよ」
「いいもんね、私が全部食べるから」
「ごめんなさい、オレも食べたいです」

 やっぱりスイーツが好きなんだなぁ、手嶋は。
 謝る手嶋にくすりと笑みを浮かべていたら、砂糖の分量を忘れてしまった。今大さじ何杯目だっけ。……なんてことを言いつつ、クッキーの生地を成型しマフィンの型に生地を流し入れ、オーブンのスイッチをオンにした。生地が焼けるのをオーブンの小窓からじっと眺めている私の背後で手嶋が笑う。

「なんとか出来たな」
「いい匂いしてきた! わー、楽しみだなぁ」
「はは、超見過ぎ」
「だって初めてだし。いい経験させてもらったよ」
「なんだよ、最初で最後みたいな言い方だな。こんなんで良けりゃいつでも教えてやるって」
「えー、それってまるでさぁ」

 手嶋につられて私も笑いながら軽口を叩こうとして、ハッと我に帰る。
 それってまるで、告白みたいだね。
 それを今言葉にするのははばかられて、咄嗟に口を噤む。まるで? なんだよと、手嶋が続きを言わせようとしてきたけれど何でもないと言って会話を無理やり終わらせた。ちょうどそこでピーッとオーブンが焼きあがりを知らせる音を響かせたので、私たちの意識はそちらに集中した。

「お、結構いい感じじゃね?」
「すごい! 美味しそう!」

 オーブンから取り出したクッキーとマフィンに感嘆の声を上げる。私が作ったのはそれとわかるくらいイビツなものが多いけれど、成型やトッピングの段階で分けたので生地は手嶋と同じだから味は変わらないはずだ。

「じゃ、オレはこっち貰うな」
「えっ!」
「えってなんだよ……独り占めすんなよ」
「いやそうじゃなくて」

 手嶋が普通に私の不出来な方をとるので驚きを全面に出せば、手嶋は「だってこれはホワイトデーのだろ」と言った。ああ、そうだった。不恰好な私のクッキーでも、手嶋はそうやって受け取ってくれる。今日も終始楽しく出来たし、多少の失敗も手嶋がフォローしてくれて、私はとても安心できた。もし一人で作れと言われたら、失敗して罪悪感と惨めさでいっぱいになっていただろう。改めて、手嶋と友達で良かったと思えた。友達のままで良いとは、思っているわけではないけれど。

「紅茶淹れるからさ、その皿向こうに持ってってくんね?」
「うん、わかった」

 手嶋の淹れてくれた紅茶は美味しくて、あったかくて、手嶋の作ったクッキーとマフィンもお店で売ってるみたいに美味しかった。それに手嶋のトークは最高に面白いし話題が尽きない。今流行りのテレビドラマのこととか、部活の後輩のエピソードとか。こんなホワイトデーもアフターヌーンティーも生まれて初めてで、今日のことは良い思い出になったなと感じる。その反面で、

 思い出でいいの?

 心の底で感じる、この後の「言えなかった」私の後悔。今だ今だと思いながらも伝えられず、バレンタインでのチャンスも活かせなかった私。このまま今日も普通にバイバイして、月曜から学校に行って、そして

「もうすぐ卒業式だな」
「あ、そう、だね……」

 そんなの、嫌だった。これっきり、儚い思い出のままにするには手嶋への想いは大きすぎて、自分では処理できないところまできているのだ。

「……て、手嶋、さあ」
「んー?」

 ティーカップを傾けながら優雅に紅茶をすする手嶋。ドクドクと脈打つ心臓を恨みながら、私は持てる限りの勇気を振り絞った。
「ねぇ手嶋」
「……なんだよ」
「さっきのアレ、お願いしてもいいかなぁ」

 少し真の後で、恐らく察しているのだろうけど顔を赤くしながら「アレって?」と訊いてくる手嶋はやっぱりずるいと思う。私に言わせようとするの、男らしくないよ。

「お菓子作り、また教えてよ」

 一回きりじゃ、不器用な私は覚えられないもの。

「それってさぁ」
「うん」
「告白みたいだな」
「そのつもりだからね」

 二人顔見合わせて笑い合う些細な幸せを、これからも続けていけたらいいなぁなんて思ったりもする。

 仮初めの友情に甘んじていたくはないのは、お互い様だってこと。








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