しあわせはつづく




3月14日火曜日、天気は快晴。雨降りじゃなくて良かった、今日は青八木くんと一緒に帰る約束をしているから。
一か月前のバレンタインに本命チョコレートならぬ本命キャベツケーキを渡して恐る恐る返事を聞いてみたところ、なんと私と青八木くんはお付き合いすることになってしまった。そうなればいいな、と思いながらせっせとケーキを作ったからもちろん嬉しいのだけれど、ほんとうにこれは現実なのかな、と思うときがある。バレンタインに一緒に帰ったときなんかお互い変にどきどきとしてしまって、「これが青春というやつ……!」と妙に感動してしまった。
そんな少女漫画みたいな日から早一か月、またもや少女漫画みたいなイベントの日がやってきた。ホワイトデー、バレンタインデーに貰ったお菓子のお返しをする日。正確に言うと違うかもしれないけれど、だいたい皆こう認識していると思う。私も、あときっと青八木くんも。
青八木くんは三日前に、おずおずと私のクラスの教室まで来て「14日、一緒に帰れるか」と聞いてきた。あの社交性がそれほどない青八木くんが。手嶋くんもお供に付けずに。普段一切足を踏み入れることのない他のクラスの教室に。私を誘うためだけにそこまで頑張ってくれたのかと思い、その様子にとんでもなくときめきつつ首をぶんぶんと縦に振ったことは鮮明な記憶として残っている。そんなこんながあったため、世情に疎いところがある青八木くんも今日がホワイトデーだということは忘れていないはず。
たぶん。


自転車競技部の今日の活動はミーティングだけらしい。そこまでかからないから下駄箱の辺りで待っていてくれと言われたので、友人と共に下駄箱まで歩き、帰っていく友人を見送る。青八木くんに何貰えるんだろうねぇ、とからかう友人に曖昧な笑顔で返す。
お付き合いが始まってもう一か月経つけれど、お互いのことを積極的に知ってもらう機会なんてあまり無かった。だから青八木くんはもしかしたら、ホワイトデーのお返しに相当迷ってしまったかもしれない。もしそうなら、何か好きな物をひとつくらい言っておけば良かったんじゃないだろうか。いや、でもそれだとお返しを催促しているみたいになってしまう。
私は青八木くんとお付き合いできているだけで嬉しいし、お返しも「今日一緒に帰ること」で充分だったりする。青八木くんはそれで良しとしてくれるだろうか。責任感のある人だから、ぴったりなお返しを準備しようとして知恵熱を出してやいないだろうか。今朝登校しているのを見かけたから、それは無いと思うけれど。
そんなことをぼんやりと考えていると、廊下の方からぱたぱたと駆け足な足音が聞こえてくる。それに反応して顔を向けると、そこにはずっと頭の中で思い浮かべていた青八木くんがそこにいた。

「悪い、待たせた」
「ううん、全然待ってないよ」

私達、毎回この台詞言ってる気がする。それにちょっぴり笑いたくなりながら、青八木くんが自身の靴箱からスニーカーを取り出して履く様を眺める。付き合う前にその所作を見かけることはあったけれど、あんまりじっと見つめたら気持ち悪いと思われてしまうかな、と思っていた。今ではお付き合いをしているのだから、気兼ねなく青八木くんの動きを見ることが出来る。それが特権のようで嬉しくて、私はそれだけで幸せになってしまう。

「じゃあ行くか」
「うんっ」

短い言葉同士でも、私と青八木くんの間にはこれで充分だった。私もそこまで積極的に話すのは得意でないし、静かな空間が落ち着く。本を読むのが好きだし、人と騒ぐのは少し苦手。一年生のときに教室内で同じように過ごしていた青八木くんを見かけて、そこから気になり始めた。思えば、あの頃から恋をしていたのかもしれない。
青八木くんの隣を歩きながら、ぽつぽつと今日あったことを話す。クラスも部活も違うと共通の話題なんてひとつも無い。おまけにお互い、会話が得意ではない。傍から見たら倦怠期に見えるかもしれないねと苦笑いで慣れない冗談を言ったときに、「みょうじさんに飽きたりは、しない……!」と青八木くんが本気で反論してきたことがある。それ以来、私達はこれで良いんだな、と思うようになった。
今日のお弁当に出汁巻き卵が入っていたとか体育の時間に近所の家のボルゾイがグラウンドに迷い込んできたことだとか、そんなことを呑気に話していると、不意に隣を歩いていた青八木くんが不安そうな顔でこちらを見てきた。その視線に気づき、少しだけ身長の高い彼を見つめる。

「……どうしたの?ボルゾイの話気になる?」
「や、ボルゾイも気になる、けど……」

不安そうな顔になる理由が分からずにほぼほぼ賭けでボルゾイの名前を挙げてみたが読み違えたようで、彼はふるふると首を振る。じゃあ、どうしたの?ともう一度聞くと数秒逡巡するように斜め上を見上げる。そして私を誘いに来たときのように、おずおずとした感じで口を開いた。

「バレンタインのお返し……みょうじさんの好きな物分からなくて、準備出来てない」

肩をすくめて、おまけに眉を垂らして。申し訳ないといった雰囲気が青八木くんから沁み出していて、好きな人のそんな一面を見るのもなかなか乙な物だった。
でもずっと彼にそんな顔をさせるのも嫌で、私はにこりと笑いかける。

「そういえば、私の好きな物言ってなかったよね。ごめんね」
「いや、みょうじさんが謝る必要は……」
「青八木くんも、そんな申し訳なく思う必要ないよ」
「……ありがとう」

やっぱりお返しに関して、青八木くんを迷いに迷わせてしまっていたらしい。
私はううん、と首を捻りながら、好きなものやお返しにもらいたいものを考える。
私があげたのは、青八木くんの好きなキャベツを使ったケーキ。青八木くんはキャベツが好き、キャベツは野菜、私の好きな野菜は…………。

「……ニンジン」
「……ニンジン?」

ぼそり、と出た独り言にも近い言葉を、青八木くんは丁寧に拾う。
いやいや、今はどう考えても甘いものだとかかわいらしいものとかをリクエストする展開だっただろう。思わずニンジンと口走ってしまった頬をぺしんと叩くと、それを見て珍しく、青八木くんがちょっぴり笑った。

「……純太に聞いたんだ」
「え、何を?」
「先週、駅前に野菜スイーツの店が出来たって」
「……!」

青八木くんのように、ついつい感嘆符で反応してしまう。そんな私の目を見据えつつ、青八木くんは意を決したように言葉を続ける。

「良ければ……次の休み、一緒に」
「行く……!!」

多少食い気味に返事をすると、青八木くんはまた笑った。
初めてのデート、しかも青八木くんが誘ってくれたデート。嬉しくて嬉しくて、ばちが当たっても仕方ないんじゃないかと思うほど。
私達の恋は野菜のお菓子により叶えられたといっても過言ではない、野菜スイーツさまさま、だ。









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