落下のイメージ(今泉)




クラスメイトのみょうじというのは、どことなく浮世離れした雰囲気を身に纏っていた。どこがと聞かれれば答えるのは少し難しい。電波系かと言われればそうでもないし、中二病というわけでもない。達観している感じはあるがあからさまではなく、話すと案外普通に会話は展開する。けれどみょうじは浮世離れしてるところあるよなと周りに聞いてみると皆揃ってうんうんと首を縦に振るものだから不思議なものだ。他のクラスの奴に聞いても「あぁわかるわかる」なんて言葉が返ってくるのだから、みょうじイコールちょっと変わった人物だという等式はきっとだいたいの奴の共通認識なのだ。

「ねぇ、飛んでみたくない?」

みょうじは教室の窓枠にもたれて空を仰ぎながらそう言った。
教室の中にいるのは俺とみょうじだけ。他のクラスメイトはもう帰宅したか部活に向かったかのどちらかだ。
最近少し会話をするような間柄になったからか、不意にみょうじはこんな作られた天然女子のようなことを俺に言ってくるようになった。しかし計算して言っているのではないことは、みょうじを知っている奴ならすぐに分かることだった。こいつは自分を可愛く見せようとして発言をするタイプではない。

「別に。飛んでみたいと思ったことは無いけど」

ロードの備品が入ったスポーツバックを肩に掛けつつ言うと、みょうじは「いやはや、今泉くんはクールだなあ」と首を横に振りつつ言った。それでも尚、空を眺める。
今日は久々の完璧な晴天で、雲の存在はどこにもなかった。こんな日に空を飛べたなら、相当気持ちが良いことだろう。だからみょうじもあんなことを言い出したのかもしれない。

「飛ぶも何も、みょうじがそのまま窓から飛んだら落ちるだけだろ」
「そうかな?私はまだ飛んだこと無いから分からないよ」

意外とふわっといけるかも、なんてみょうじは笑う。字面だけ見ると阿呆みたいな冗談だが、こいつが言うとほんとに冗談だと思いつつ言っているのか分からなくなる。もしかしたらどこかで本気で考えていたりしないだろうか。そんなよく分からない危なっかしさがあった。
空を飛んでみたいと思ったことは一度や二度なら誰にでもあると思う。だがだいたいそんな思いを抱くのは幼稚園や小学生、あとは人生に疲れてしまった人くらいだろう。恐らく最後に挙げたような人々にとっては、「空を飛ぶ」の意味は変わってくるのだろうけど。
念のために、お前人生に疲れてるのか?と聞くとみょうじはこちらを見て目をまん丸に見開いた。そしてその直後にぶっと吹き出して、あははと笑う。ちょっとでも心配したのを後悔するくらいに。

「ぜぇんぜん。そういうんじゃないよ、今泉くんよりメンタル強いつもりだし」
「お前……俺の事何だと思ってるんだ」
「いやぁ、詳しい事はまだ知らないけどさ……意外と心弱そうだし?」

そう言われ、ぐ、と言葉を詰まらせる。実際俺は、そういうところがないわけではない。それにみょうじに言われると、何故だか見透かされているような気分になるのだ。
俺のそんな様子には目もくれず、みょうじは自身のカバンを手に取る。そして肩に掛けると、こちらに向かって足を進めてきた。

「さて、そろそろ部活行かなきゃ。今泉くんもあるでしょ」
「あ、あぁ」

ぎこちなく頷くと、てくてくとみょうじは俺の近くを経由してドアに向かって歩く。俺もそれに続いた。
階段まで一緒に行こうか、とみょうじが言う。階段までということは、みょうじの部活はここより上の階で活動するのだろうか。そういえば、みょうじの部活は何だっただろう。色々と謎に包まれているみょうじの私生活を暴くような真似をするのは少し気が引けたが、このくらいは良いかと部活を尋ねる。すると「演劇部」といともあっさり回答が返ってきた。

「今日は発声練習だからねー、屋上でやるの」
「そういえばたまに聞こえてくるな。屋上から何かの台詞が」
「それ、私の声も入ってるかもよ」
「そうだな」

時折屋上から聞こえるあの声は、みょうじたちのものだったのか。前から抱いていた疑問が解けて少しすっきりする。それと同時に、また新たな疑問というか不安が生まれる。

「みょうじ……お前、練習中に屋上から飛ぼうとしたり、そうやって他の部員に迷惑かけたりしてないよな?」
「えっ、私そこまで重症だと思われてる!?」

さすがにそこまで酷くはないよ、と顔の前で手をぶんぶんと振る。
浮世離れして見えていたみょうじが、その時は異様にただの人間らしく見えた。いや、本当にただの人間なんだが。

「ほんとに飛べないことくらいは分かってるよ。そりゃふわふわ飛んでみたいけど……ジェットコースターみたいな落ちる感覚も好きだし、空中に放り出されて引力を感じてみたいなとも思う」
「それも割と危険思想じゃないか?……現実的といえばさっきより現実的ではあるけどさ」
「どっちにしろ、実際にしたりはしないよ。安心して」
「本当か?さらっとやりそうなんだよな」

疑いの意味も込めつつみょうじを見ると、頬を膨らませていかにも「不満です」といった表情だ。その顔がみょうじらしくなくてつい笑ってしまうと、怒るかと思ったが、意外にもみょうじもふふふと笑う。「今泉くんの笑顔はレアだなあ」と言いながら。
べらべらと取り留めのないことを話していたら、いつの間にか階段前へと着いていた。みょうじは屋上へ、俺は自転車競技部の部室へと向かうためここでお別れだ。

「じゃ、また明日な」

声をかけて軽く手を上げると、みょうじも同じように手を上げてゆるゆると左右に振ってみせた。

「うん、また明日。……あ、そうだ」

階段を降りていこうとした俺の背中に向かって、みょうじは言葉を続ける。
何だろうかと思い振り返ると、みょうじはやはり浮世離れした雰囲気を垂れ流しながら声を出した。

「もしもの話だけどさ」
「……何だよ?」
「もし飛んで落ちるときは、今泉くんも一緒がいいな」

ふわりと空気に乗ったみたいに、その声は耳に入ってくる。割と衝撃的な台詞は生まれて初めて言われたものであり、何と返していいかよくわからない。今までそれなりに女子に言われてきた「かっこいい」だとか「好き」だとかの対処法は知っているけれど、こればかりはどこにも対処法は記されていないだろう。けど、「かっこいい」や「好き」よりも確実に、俺の心を揺らしたような気がした。
そして頭の中に一番に浮かんだ言葉を、ついつい微笑みながら声にしてしまうのだ。

「俺に心中の誘いをしてきたの、みょうじが初めてだよ」
「そう、それは光栄」

そのときみょうじは、到底人間のものとも思えないくらい綺麗で儚げな表情で笑った。








「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -