負けを認めたらどうなの?(巻島)




「これで3戦目な訳だけどよ……気分はどうだ、みょうじ」

ポーンを一つ前に動かしながら、余裕そうに巻島くんは笑みを浮かべる。私は白と黒が入り乱れたチェス盤を見下ろして、巻島くんと同じようににやりと笑ってみせた。笑顔が怖いということで有名な彼の真似をしたから、相当恐ろしい顔になっている気がする。

「お互い一勝一敗だよ巻島くん。私の心配なんてしてる場合じゃないと思うけどね」

私はナイトをひょいと動かして、巻島くんの駒達がひしめき合っているあたりにそれを置く。ううむ、黒の中に白のナイトがいると映えるなぁだなんて、チェスに関して意味のないことを考えた。私はチェスを最近始めたばかりだから、相手を負かすなんてことはなかなかできない。けれどそれは巻島くんも同じようで、それなりに対等な勝負ができていた。
巻島くんは私の置いたナイトを眺めつつ、始まって間もないのに長考をする。そんなに考えなくても序盤はさらっと進めて良いんじゃないか。そうは思うけれど、この3戦目はお互いに絶対落とせない勝負だと分かっていたので、何も言わなかった。
しばらく考えた後、巻島くんは黒いルークを摘まんで横にずらした。私が初心者な所為か、その手法はよく分からなかった。巻島くんの指を目で追っていると、ふと彼が「なぁみょうじ」と呟く。

「忘れてないよな、最初にした賭けの内容」

少しだけ癖のある声で、巻島くんは言う。私はそれを聞いて、当たり前だと言わんばかりに首を縦に振ってみせた。

「覚えてるよ。三本勝負、勝ち数が多い方が相手に命令聞いてもらえるんでしょ」
「俺の命令は?」
「私が巻島くんに告白すること」
「みょうじの命令は?」
「巻島くんが私に告白すること」
「上出来っショ」
「そりゃどうも」

巻島くんはまるで子どもを褒めるように言ってきたので、眉根を寄せて返事をした。少しナメられているようだから、次の一手でどれか駒を取ってしまおうか。いや、それこそ巻島くんの策略に乗せられているという事になるのかもしれない。
正直、巻島くんがこんな賭けをしようと言ってきたときは驚いた。その賭けを持ち出してきてる時点で私に告白してるのと大差ないし、そもそも私の事を好きだったのかという点で衝撃的だったからだ。しかし私が負けじと「私が負けたら巻島くんに告白する」と宣言したときの、彼の顔もなかなかに見ものだった。彼も彼で、私が巻島くんを好きだとそのときに知ったらしい。お互い今まで気付かなかったなんて、鈍感だなあと心の中で笑い飛ばしてしまった。
私は白いポーンを何の気なしに前へ進める。戦略なんてあって無いようなもので、考え抜くのも苦手な方なので感覚的に攻めていく。ポーンの前進の後、私はそっと口を開いた。

「ねぇ巻島くん」
「何だ?」
「巻島くんはなんで私の事好きになったの?」

形式的にはまだ告白なんてされていないのにこんな質問をすると、自分がかなり自惚れているみたいに見えて少し恥ずかしい。
そんな私の気も知らないで巻島くんはクハッと特徴的な笑い方をして、気になるか?と聞いてきた。

「うん、気になる」
「そうか。ま、秘密っショ」
「えー。教えてよ」
「勝てたら教えてやる。負けたらみょうじが俺のどこに惚れたのか教えろよ」
「やだよ、恥ずかしいじゃん」

そう答えると、巻島くんは「じゃあ教えないからな」と玉虫色の髪の毛を耳に掛けながら言った。
その所作があまりに綺麗だったので、きっと私は巻島くんのこういうところが好きになったのだと思う。駒を動かすときの細い指もしなやかで、そういうところだってとても好きだ。声に出して言うのはなんだか憚られるから、言わないけど。





もう何手目かは、よくわからない。
ついさっき動かした最強の駒、クイーンが巻島くんのルークに狩られてしまって、私は思わず「うわぁ」と声を出してしまった。

「みょうじ相手だとクイーン消しときゃ勝てるっショ」

巻島くんは不敵な笑いを浮かべている。これはもう、勝ちを確信している顔だ。ロードレースでも、勝ちを確信したときはこんな顔をするのだろうか。そう思ったけれど、こんなに不敵な表情はたぶん私相手だからするのだろうな、と思う。

「ま、まだまだ勝負は続いてるよ!」
「自分の駒の状況見てから言えよ、そういう事は」
「巻島くんだって初心者だから、どっかでミスするのを待つんだよ」
「結構セコいこと考えるな、お前は」

笑われつつ、チェス盤を上から眺める。どこかでミスをしてくれたら勝てるかもしれないが、盤上に残っている駒の数からすると私の方が劣勢だ。白いポーン達は、先ほどクイーンを掻っ攫っていった黒いルークに恐れをなしているように見える。

「とりあえず巻島くんのルーク怖いから退場させよう……」
「今ルーク取れる駒ないっショ、落ち着けよ」
「だって負けたくないんだもん」
「オレだって負けたくねーよ」

負けたくねーよと言いつつ、顔は台詞に合わないにやけ顏。さっきから巻島くん、余裕だからって表情に出過ぎてないだろうか。
むっとしつつ、仕方がないのでなかなか動かさなかったビショップを摘み上げる。もう戦略や攻略法なんてどうでもいい、とにかく勝負を進めよう。そう思って斜めに思い切り進めると、巻島くんは「大胆なことするんだな」と溜息をついた。

「お前、切り込み隊長っぽいっショ。何も考えずに進んでく感じ」
「何それ、褒めてる?……いや、褒めてはないか」
「褒めてないけど、まぁ好きなとこではあるな」

口を尖らせながら聞くと、不意にそんなことを言われてしまったので、なんとなく顔が赤くなってしまった気がする。一応「あ、ありがと」と言うと、礼なんていらねえよと言いながら巻島くんは自身のクイーンを手にした。
縦にも横にも斜めにも、いくらでも動ける最強の駒。
それをすっと持ち上げて、私のキングの前にすとんと置いた。恐る恐るキングの行く末を探してみるが、いつの間にやら私のキングは袋小路。この状態はアレだな、と焦る頭の中で考えていると、巻島くんがアレを口に出す。

「ほら、チェックメイトだ、みょうじ」

さっきまでのにやけ顔が、更に悪役感が増したものへとなっていく。
巻島くんは二勝一敗、私は一勝二敗。それが意味するところを考えると、なんだか雲行きが怪しくなっていく。
待って、この流れは私が巻島くんに告白しなきゃいけない感じだ。そして好きになったところまで暴露しないといけないという鬼畜仕様。軽いノリで賭けてしまったはいいものの、さすがにやれとなると話は違ってくる。私は告白されたい側だし、巻島くんの好きなところを言うなんて正直恥ずかしいったらありゃしない。
どんどん私にプレッシャーを与えてくる巻島くんに、私は思い切って大きな声を出した。
こんなこと言っても大丈夫だろうか、変な空気になってしまわないだろうか。そんなことを考えつつも、私はもうあとには引けなかった。

「…………やっぱ五回勝負に、しませんか!」



巻島くんに思いっきり笑われたのは、また別の話。








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