負けを認めたらどうなの?(東堂)




 東堂尽八という男について、考察してみた。

 頭は悪くはないと思う。自他共に認めるくらいに顔も良い。性格も、口うるさいのとナルシストなことを除けば気遣いも気配りも出来るいい男だ。その上、旅館の息子という立場上、礼儀作法も完璧。何一つ、私や周囲の連中に劣っているところなど無いのだろう。
 しかしそれは、一般的に考えて、世に必要な事柄のみで構成される。

「ま、また負けただと……この、俺が!?」
「あはは、東堂さん弱すぎー」

 休日、後輩の真波くんのお宅にお呼ばれして、外出届を提出してから寮を出てきた東堂と出くわした。丁度私も女子寮から出てバス停に向かっていたのだが、運悪くやつに捕まってしまったのだ。

「なまえ、暇か? 暇だろう! 今から真波の家にお邪魔するのだ。一緒に行こうではないか」

 そう口早にまくしたてられて、私は呆気にとられてしまった。
 そもそも私は今日、ずっと観たいと思っていた映画を観に街に行こうとしていたのに。一人で映画なんて寂しいやつだなと彼はいつも私を笑うのだけど、私としては人にくっついて騒がしくしている東堂が、ただ寂しがり屋なだけなのではないかと思うのだ。
 暇だと決めつけられた上に半ば無理矢理、真波くんの家に連れ込まれた私は、二人が行うゲーム画面を眺めながら溜息を吐いた。真波くんとは東堂つながりで何度か会話したことはあったけれど、こうしていきなりお邪魔して、彼はどう思うのだろうか。

「あ、次はみょうじさんもやってみますか?」
「え? うーん、まだいいかな」

 突然話を振られて、驚きながらもそう答える。様子を見る限りでは、私を鬱陶しく思っているわけではいないよう。一応は先輩である東堂の友達だから、無碍に出来ないというのもあるだろうか。東堂から、女子には優しくしろなどと言われているのもよく聞くし。

「なんだ、なまえもこのようなゲームは苦手なのか?」
「え? 別にフツー。まあ東堂よりは出来ると思うけど」

 真波くんはかなりのゲーマーらしく、不慣れな東堂では全く相手にならない。それなのにどうして東堂を家に呼んだのかなどと勘繰ったところで無意味だろう。きっと真波くんも、もうすぐ先輩達が卒業してしまうという事実が、寂しいのだ。
 真波くんからの誘いを断った私に、東堂がにやにやと探るような視線を向けてきた。私はただ、もう少し東堂と真波くんが仲良く遊んでいる姿を眺めているだけで良かった(そもそも無理やり連れてこられたのだから、ゲーム自体はどうでもいい)のだが、この男空気はあまり読まない。

「なにっ!? それは聞き捨てならんな。おい真波、次は俺となまえがやるぞ!」
「えー、俺もまだやりたいんですけどー」

 とか何とか言いつつ、私にコントローラーを渡してくる真波くん。ちょっと待って、私はまだやるなんて一言も言っていないのに。

「俺は強い!!」
「東堂さんそれ台詞違いますよ」

 コントローラーを握り締め勇ましく叫ぶ東堂に、真波くんと私は顔を見合わせて笑った。やれやれ、仕方ないやつだという風に。



「東堂激弱」
「ぐぬぬぬ……」

 後ろから見ていたときも思ったけれど、相手が真波くんだからなのかな、と思いそこまで気にも留めていなかった。しかしこうして一緒にプレイしてみると顕著だ。東堂はこういうテレビゲームにはとても弱い。いつも自信に満ち溢れた顔が、悔しげに歪む。私はそれを見て、少しだけ、優越感に浸った。初めて、東堂に勝ったのだ。

「認めん! もう一度だなまえ!!」
「もう五本勝負で三勝したよ? どこからどう見ても私の勝ちじゃん」

 ねえ、と真波くんに同意を求めれば、彼はただにこにこと微笑んでいた。ゲーム好きで、彼だって東堂と遊びたかったはずなのに、どうして何も言わないのか不思議に思う。私がコントローラーを真波くんに渡そうとすると、立ち上がった東堂が更に声を荒げて

「ダメだ! 俺がお前に負けるなど、あってはならんよ……!」

 そう言うので、コントローラーを床に置いてから私も立ち上がり、それでも彼の方が背は高いので、見上げるようにして東堂を睨みつけた。

「いい加減、負けを認めなよ! たかがゲームにムキにならなくたっていいじゃない……!」

 う、と東堂が一瞬だけ怯んだので、私は畳み掛けるように続けた。

「他の事じゃ私が東堂に勝てることなんて何もないんだから、ひとつくらい勝てることがあってもいいでしょう!?」
「!!」

 東堂はわかっていない。自分に自信があって、うざがられることはあるけど決して嫌われることはなくて、それ故の負けず嫌いで、私より優位に立ちながらも「友人」と呼んでくれる東堂に、私がいつも劣等感を抱いていること。何故だかわからないけれど東堂は、いつも私に張り合ってくる。私が敵うはず無いのに、完璧に勝とうとする。そんなに私を惨めにしたいのかと、たまに嫌いになりそうになるくらいだ。
 たかがゲームのことなのに。そう言っているようにも感じられる真波くんの視線に気づかないふりをして、私は東堂の目を見た。私の主張を聞いた東堂が息を呑んで、やがて口を開く。

「俺は、お前には負けっぱなしだ」
「……?」

 私から視線を外して東堂がそう言うので、私は首を傾げる。そんなわけ、ないじゃない。東堂はいつだって私の前にいて、お前はこんなこともできないのかって、笑われているようで、悔しかった。東堂が友人と呼んでくれるたび、苦しかった。

「なまえを前にしたら、俺は自分を保てなくなりそうで恐ろしいよ」

 床を見つめながらぽつりと呟く東堂の頬が少しだけ染まって、その意味を察して、私も顔に熱が集中する。慌てて真波くんを見たら、彼は全て理解していたのだろう。無言のまま笑顔で頷いて、空になったグラスを持って部屋を出て行った。この空気は、なんだか気まずい。

「と、東堂……?」
「だからせめて、他のことでは負けるわけにはいかないと思っていた。いや、男として、負けるわけにはいかないのだ」

 友達だと、東堂が言った。部活の仲間を紹介されて、ファンクラブや自分の才能について滔々と語られた。そのすぐあとで、お前は俺のファンにはなるなよ、と東堂が言った。
 いつから、そんな関係になったのかはわからない。ただ私は、東堂の話を聞いて、学校で授業で見て、自画自賛ではなく本当にすごい才能を持っている東堂に惹かれて、何も持っていない自分が恥ずかしかった。

 はっきりと口にしたわけではないけれど、つまりはそういうことなんだろう。私に好意を寄せているらしい東堂に、信じられなくってつい尋ねていた。

「なんで、わたし?」
「そんなことは知らんよ。神に聞いてくれ」
「東堂は山神なんでしょ?」

 東堂と視線が合わさって、お互いに戸惑いの色を浮かべる。好きになるのに理由なんてない、と、ドラマチックな台詞をムードも何もない、テレビゲームが軽快な音を奏でる後輩の部屋で呟いた。

「……私、帰るね」
「!?」

 返事もせずに踵を返して部屋を出ようとする私に、東堂が慌てる。その様子がおかしくて、少し可愛く思えて、なんだか嬉しい。なんだ、結構私、東堂に勝ってたんじゃない?
 ドアを開けて、顔を東堂に向けて微笑む。

「明日、映画付き合ってね」
「……なに?」

 今日、東堂のせいで観ることが出来なかった映画。東堂が、ひとりで観に行くなんて寂しいやつだと言うから、それなら東堂が一緒に行ってよ、と告げる。暫し呆けていた東堂は、どもりながらも了承した。

「あ、ああ、も、勿論だとも……! 明日だな、何時だ!?」
「メールする」

 簡潔に伝え、私は真波くんの家を出た。
 これから、東堂と付き合っていくのが楽しみだ。








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