そんなキスするのはずるい(青八木)




「はじめくんは、優しいから好きだよ」

そう彼女に言われるのは、これで何回目だろう。俺はベッドに転がりながら、座って雑誌を読むなまえの方をちらりと見た。女の子らしいものを女の子座りしながら読んでいるなまえは、俺の方には目もくれない。遠目に読んでいる雑誌を覗き見ると、肉食系男子がどうとかいうちょっぴり下世話な見出しが目に入った。

「優しい、か?」
「うん。私の嫌がることしないし、強引なことしないし」

なまえの背中に疑問を投げかけると、綺麗な声が返ってくる。その声を聞くと一種の罪悪感のようなものを、いつもいつも感じる。綺麗な行為しかできなくなってしまって、男なら誰しも想像しているであろう卑しいことをする余地はなくなってしまう。
でもきっとそれを、なまえは知らない。俺が本当に優しくて、男女が触れ合うような行為を求めていないような人間だと思っているのだ。
俺は体を起こしてベッドの縁に座り、綺麗な声をした、綺麗な姿のなまえを眺める。俺だって男だと言いたいところだけど、そんな少女漫画で腐るほど言われている言葉は恥ずかしくて言えそうもなかった。

「なんで突然、そんな話」

代わりに出てきたのは、なんてことないこんな言葉。なまえはやっとこちらを振り返って、読んでいた雑誌のとあるページを見せてきた。載っていた言葉はさきほど盗み見たものと同じ、「肉食系男子特集」。自分とは似ても似つかない単語だと、思う。

「これ読んでてね、思ったの。肉食系男子とかいうのが流行ってるみたいだけど、私には合わないなあって」
「合わない、か」
「うん。もっとあったかくて、優しい人が好きだな。だからはじめくんが好きなんだろうなって、色々思った」

ふわり、と笑いながらなまえは言う。その姿は本当に綺麗で好きだと思うけれど、言われたことがなんだか引っかかってしまった。
言葉をそのまま受け取ると、つまるところなまえの目には、俺は暖かくて優しい人間だと映っているということだ。さっきの自己分析と大差ない答えが判明して、ちょっとだけ苦笑した。
だけど、本当は違うんだよ。俺は優しいだけの人間じゃない。

「もしさ、」

なまえの目を捕らえて、声を振り絞ってみる。
今から聞くことは、一種の賭けなのだ。

「もし俺が、あったかくも優しくもなかったら…………なまえ、どうする?」

例え話のようで、例え話ではない。「もし」ではなくて、たぶんそっちが本来の俺なのだ。
なまえは俺の言葉を聞いてきょとんとした後、まさかぁ、と笑った。俺の質問を、本気にしているわけじゃないのだろう。

「はじめくんは優しいよ。そういうところを、好きになったんだもん」
「…………そうじゃなくて」

優しいところを好きになったなら、もし俺が本能のままに動けば好きじゃなくなるのだろうか。そう思うと、その透き通った声で頭をガツンと殴られたような、そんな気分になってしまう。聞きたいことはそうじゃなくて、でもそれ以降の言葉なんて喉の奥に詰まって出てこない。
そうじゃなくて、ともう一度消えそうな声で囁く。なまえは少し心配そうな顔をして、どうしたのとこちらを覗きこんだ。その距離はなかなかに近くて、どちらかがぐいと体を動かせば容易に触れ合うことができるくらい。そんな距離にいても尚、彼女は俺のことを優しい人だと信じて疑わない。
それは本来なら嬉しいことのはずなのに、なんだか悔しくて、悲しくて、苛ついて、優しい自分をどこか遠いところに置き去りにしてしまうつもりで行動を起こした。
なまえの腕を力強く掴んで、床からベッドに引き上げる。無造作に組み敷いて彼女に触れそうなほど顔を近づけてみせると、激しく驚いているような顔をされた。何の冗談だと言いたいのだと、思う。

「はじめくん、どしたのいきなり……」

驚きつつもさっきと変わらないトーンで、なまえは言う。俺は何の冗談でもなく本気で、いきなりではなくずっと前から抱き続けていた想いを、まるで吐くようにぶちまけざるを得なかった。

「……ほんとは、こんな人間だ」

まるでどこかのドラマで役者が言っていそうな台詞から、始まる。
俺は本当は、こんな人間です。
優しいって言われるけど、いろいろと我慢をしているだけです。
下心無しに彼女の部屋のベッドにいるわけないし、性知識もそれなりに活用したいと思っています。
肉食系ではないけれど、なまえをぺろりと食べてしまいたいくらいなんです。

「…………そんな俺だから、…………好きじゃなくなる?」

吐露したあとの、少しだけ後悔を孕んだ一言。組み敷いたなまえの顔を見るのが怖くて、つい視線を逸らす。
しばらくの沈黙があった。
この沈黙が意味するところは、何なのだろう。もしかして、駄目だったのだろうか。
言わなければ良かったと後悔しかけたとき、ふわりと、頬になまえの手が触れた。
少しの間目を逸らしていたなまえを見ると、さっきまでと同じ綺麗な顔が、綺麗な表情を携えて、そこにあった。「大丈夫だよ」と、微笑みながら言ってくれた。

「私、もし優しくなかったとしても、はじめくん好きだよ。優しいはじめくんも好きだけど、どんなはじめくんも好き」
「…………本当?」
「ほんと」

ほんと、と呟いたなまえは、嘘なんてひとつも言っていないように見えた。
俺はなんだかもう気持ちがいっぱいいっぱいになってしまって、好きだとかありがとうだとかいう言葉では伝えきれないと思って、ついなまえに覆い被さった。ぐぐぐっと腕に力を込めて抱きしめ、そのまま彼女の唇に自分の唇を押し当てる。初めて、初めてこんな風に触れた。初めて下心を隠さずに、まるで喰い荒すかのようなキスをした。今まで出来なかった分も、と思いながら無我夢中で貪りつくと、息が上手く出来ないらしいなまえは少しだけ目尻に涙を溜めていた。
それに気付き、やっと唇から解放する。

「悪い、……辛かったか?」

やり過ぎたか、と不安になりつつ聞くと、なまえは大きく深呼吸をしながら目尻の涙を拭って、そして、笑った。

「ずるいよ、こんなキスしてくるなんて」

そう言った顔があんまりにも俺の心を揺さぶるので、もう理性は保ちそうになかった。









「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -