太陽もまだ寝ている(葦木場)




こつん、という音で意識がはっきりとした。ふと時計を見やると四時半を指していた。夕方ではない、朝の四時半。雀が鳴いている。カーテンから薄っすらと見える空はまだ暗い。こんな時間から変な音がするなんて、原因はたったひとつしか見当たらない。ベッドからのそりと這い出てカーテンを持ち上げると、思った通り窓の外で誇らしげに笑う葦木場がいた。私の部屋の方を見上げて、ぱたぱたと手を振りながら。可愛らしい動きをしているくせに巨体。そのギャップに惚れる女子もいるかもしれないけれど、寝起きの私にはそのギャップに反応しきれない。来たのか、と驚きつつも寝ぼけ眼のまま、私はがしがしと頭を掻いた。
とりあえず、急いでベッドから跳ね起きて冷たい水で顔を洗う。適当に髪を結んで寝巻きからジャージに着替えて外出する準備をして、ばたばたと出ていく。家族を起こさないように、ばたばたしつつも静かに。

「おはよ、葦木場」
「おはよう、みょうじさん」

玄関から出て部屋の窓の下まで行くと、予想通り葦木場がそこにいた。窓に向かって投げたであろう砂利ほどの大きさの石を握りしめて、ニコニコとしている。
四時半にモーニングコールを頼んだのは私だが、こんな物理的に起こしに来るとは思っていなかった。電話で良かったのにと言うと葦木場は電話番号を登録し忘れてて、とはにかむ。電話番号は忘れていたくせに家の場所は分かるのが彼のおかしなところだ。馬鹿じゃないんだろうに、何故全力を出さないのか。

「なんでこんな早く起きるの、みょうじさん」

はああ、と白い息を吐き出して満足げな表情をした葦木場は、私にそう問う。私も同じように息を吐くと、やっぱり白くなった。
朝はとても気温が低い。空気が澄んでいる気がする。恐らく気のせい。でも吸っていて心地が良い。冬はそういうところが素敵だ。きっと。

「体力付けたいから、朝走ろうと思って。朝練始まるとマネージャー業しないといけないから」

ひょろい自分の腕を葦木場に見せる。マネージャーといえど強豪校に属しているのだから、ひ弱なままでは務まらない。
葦木場は私の腕を見て、私の顔を見て、また私の腕を見た。

「だからこんな早くに?」
「そう。葦木場もなんでこんな早く?モーニングコール出来るくらい早起きするタイプだと思わなかった」
「みょうじさんが早起きするって聞いたから、俺もなんか頑張らなきゃって」

すん、と音を立てながら葦木場は言った。ふうん、と私は答える。そんなことを言われたらちょっとだけ照れてしまうけれど、表情には出さない。ジャージのジッパーを口元まで上げて顔を隠した。外気から顔半分だけ遮断されて、目元だけが冷える。目が冷えて、空も暗い。そして隣には私と同じようにジャージを着た葦木場。いつもと違う、変な感じ。葦木場は縦に長いから、ジッパーを上げに上げても口元は隠れてくれなかった。身長差を少し思い知る。ここまで大きくなりたいわけではないけれど。

「葦木場」
「なに?」
「寮って今の時間から出てきていいの?」
「だめだよ」
「だめなのに来たの?」
「こっそり来たから大丈夫」

二人してぽてぽてと歩きながら、そんな会話をする。ニコニコというかへらへらと笑う葦木場はやはり可愛らしいけれど規格外に背が高くて、色々と辻褄が合わないように見えてしまう。それが彼の良さだと誰かは言っていた。

「バレたら大変だね」
「バレないよ」
「なんで?」
「急いでシュッて出てきたから。誰にも見られてないよ」
「監視カメラとかあったりするんじゃないの」
「えぇっ」

私がからかい混じりに言うと、葦木場は目を見開いて口を大きく開けた。それはかなり可笑しい表情で、でも葦木場が真剣にそんな顔をしているから尚更可笑しい。
冗談だよと笑いながら言うと、葦木場は幾分か安心した表情に変化した。彼がふにゃりと笑うと、目元のハート型のホクロが少し強調される。それがなんとなく、好きだ。

「にしても寒いね」

はあっ、と葦木場はまた息を吐く。白い息が気に入ったらしい彼は、まるで小学生のようだった。私は自身の指と指を絡め合わせながら、ほんとにねと返事をした。
ふと自分の足元に目をやると、道端の雑草に霜が下りているのが見える。そんなに今日って寒いんだ、でも大寒ではないよねぇ、と思いつつ何度も指を絡めた。

「日も出てないから、尚更寒いね」
「まだかなり暗いよね」

ジャージ越しのぼそぼそとした私の声を聞き逃さず、葦木場は言葉を返す。

「こんな暗いうちからみょうじさんと一緒にいるの、なんかわくわくする」
「わくわく?」
「うん。なんか特別な日って感じがする」

澄んだように感じる空気の中、葦木場はそんなことを平気で言う。
私はほんの少しそれに動揺して、視線をあっちやこっちに彷徨わせた。そして色々と巡った挙句、ぐにゃぐにゃと変な具合に絡まりあった指先に視線を落とすことにする。目の前にあるのだから、これが一番自然だろう。恐らく。

「特別かなあ」
「だって、普段こんな時間に出歩かないじゃん」

葦木場は空を見上げて、ほら、と指差す。指先を見ていた私は否応無しに空を見上げる他無くなった。仕方なしに視線を上に向ける。いつもはある太陽はそこに無くて、けれども深夜ほどの闇ではない。星が散らついて、遠くの空だけぼんやりと色が薄い。夜明けというにはまだ早いが、なんだか神妙な雰囲気になる、そんな時間だ。

「だから特別なんだよ」

葦木場はまたふにゃりと笑う。寒すぎて私は葦木場のようには笑えず、口角が強張った。ジャージで口元が隠れているのがせめてもの救いで、これが無ければ葦木場に「変な顔」と笑われてしまうところだった。
そして指先を執拗にぐるぐる動かしている私を見て、「寒そうだね」と何度目か分からない寒さに対する言及をした。私が頷く前に私の手は葦木場に取られ、衣摺れの音を立てながら葦木場のジャージのポケットへと出迎えられる。

「オレ、ポケットにカイロ入れてるからちょっとあったかいよ」

ふふん、と得意そうにする葦木場。ぽつんとある街灯に照らされた彼は、無駄に格好良く見えた。
彼のポケットに招かれた私の手は科学の力によりじわじわと温められて、指先の血行が先ほどよりも良くなっていく気がする。

「葦木場はさぁ……」
「ん?」
「たらしみたいなこと、たまにするよね」
「褒めてる?」
「褒めてないよ」

えぇ、とがっかりした声を上げる葦木場は、巨体のくせにやっぱり可愛らしい。
けれどそこを褒めたら彼は調子付いてしまいそうだから、言わないでおこう。そんなことを考えながら、高校へと続いている霜の降りた道を二人だけで歩いていく。冷えた空気を目一杯吸って、もう一度空を見上げた。
太陽もまだ、起きてきそうにない。








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