そんなキスするのはずるい(手嶋)




 ちょうど同時刻に登校してきた今泉が下駄箱を開けると、中に入っていたラッピングされた箱達が雪崩を起こした。最後の方の女子はどうやって詰め込んだのかと疑問に思うくらいのそれらに、今泉はもう慣れっこだとでも言うように溜息を吐いた。

「相変わらずだなあエリートのモテ男」
「やめてくださいよ手嶋さん」

 ははっと笑いながら俺も自分の下駄箱に向かい、開ける。

「……お?」

そこには今泉ほどではないがいくらかの包みが入っていて、俺はその一つ一つを手にとって確認する。今泉みたいに、無造作に袋に投げ込むような扱いはしないっていうか、そんなことは思っていない。

「……はぁ」

 チョコについていた名前やメッセージカードの文脈に目を通した俺は落胆する。今年も、本命からのチョコはなし。

「手嶋さんも貰ってるじゃないですか」
「お前そりゃ嫌味か?」

 今度は俺の下駄箱までやってきた今泉が箱の中を覗き込んでそう言った。まあ、確かに貰えないよりは貰えたほうが嬉しいに決まっている。こんな俺なんかにチョコを送ってくれた彼女達のことを蔑ろにはしたくないしちゃんとお礼も返事もしようと思う。しかし、だ。

「……純太」
「あ? ああっ、おはようはじめ」

 いつの間にか登校してきたらしいはじめに挨拶を返す。俺が自分の存在に全く気づかなかったことなどは咎めたりせずに、はじめは今泉と俺がそうしていたように俺の下駄箱を覗き見て、それから俺の顔を伺うように見た。おいおい、そんな可哀想な目で見るなよ。

「お前は、もらった? チョコ」
「……」

 ふるふると首を振ったはじめに、今泉が「少しいります?」と聞く。端から聞けばものすごい嫌味なやつだが、こいつらの場合そこに他意はない。ただただ今泉は自分の荷物を少しでも減らしたくて、大食漢のはじめは食べ物であれば拒んだりはしない。今泉の言葉に無言で手を出すはじめに相変わらずだなと苦笑を浮かべつつ、俺は自分のクラスに向かうのだった。



「みょうじおはよ」

 教室に入って、平静を装って一人の女子に声をかける。机上で教科書とノートをトントンと揃えていた彼女は、それらを机の中にしまい込みながら俺を振り返った。

「あ、おはよう手嶋君」

 みょうじなまえというクラスメイトのことが、俺は好きだ。とても好きなんだけど、自分から告白する勇気は持てなくて。結構アプローチはしてるつもりだけど、彼女が鈍いのか、はたまた解っていて、脈がないからスルーしているのか。後者だとしたら絶望的な上にとても辛い。
 今年こそは、みょうじからのチョコが欲しくて少し期待した。去年は「今日ってバレンタインだった? 忘れてた!」なんて言って、友チョコをたくさん貰ってホワイトデーに返していた。俺も数人の女子やクラスメイトからは貰ったけど、本命のチョコは貰えなかった。はじめは俺がみょうじを好きなことを知っているから、あんな目で見てきたんだと思う。

「あのさ、みょうじ」
「?」

 声をかけたものの、この後どうする? ロードレースの作戦は考えられても、恋の作戦は空回りばかりで。相棒の考えは読めても、彼女の気持ちなんて俺にはさっぱりで。いつだって頭を悩ませている。
 今日バレンタインだけど。なんて、強請ってるみたいだしなあ。これ見よがしに机の上に貰ったチョコを置いてみるか? いやいや、それだってあからさますぎる。

「いや、なんでもねぇわ」
「そう?」

 結局何も行動を起こせないまま、俺はみょうじの斜め後ろにある自分の席に着く。と、椅子を引いて腰を下ろす瞬間、見てしまった。彼女の机に鎮座する、縦長の小箱を。

「!」

 友達からとか、誰かに貰ったとは思えない。可愛い配色の、明らかな本命チョコ。なあそれ、誰にやんの? 心臓が苦しくて、押し潰されそうになる。下唇を噛んで、この胸のもやもやを誰にも知られないよう、俺は視線を下げた。

 結局俺は、あいつから見れば比較的仲がいいだけの男友達っていう位置、なんだろう。去年同じクラスになってからずっと好きだったんだけど、ロードと同じく俺の青春はここでも終わったんだなって思えば溜息しか出てこない。

 今日はもう、誰とも話したくない。昼は久しぶりに一人で食べて、耳にイヤホンを突っ込んで誰の会話も聞こえないようにした。それからなんとか一日乗り切って、放課後には早々と学校を出る。
 徒歩で激坂を下っている途中、背後から俺を呼ぶ声が聞こえた。

「ま、……てしま、くんっ!!」
「!?」

 小音量のイヤホンを外して振り向けば、勢いよく坂を下ってくるみょうじの姿があった。勢いづいて、踏ん張りが利かずに足がもつれるのを、あわてて受け止めた。

「……みょうじ?」

 顔を覗き込むと、ごめんねと真っ赤になって離れる。そんな顔されたら勘違いしてしまう。

「今日に限って、なんでこんなに早く帰っちゃうの……」
「なんでって、」

 普通、失恋した日にのんびり教室に残って勉強したり騒いだりできねーよ。なんて心の中で悪態を吐きつつ、表に出す言葉は濁した。みょうじは後ろ手に何か隠して、もぞもぞと俯く。

「私、放課後には絶対って思ってたのに、探しても手嶋君いなくて……ほんと、どうしようって……」
「? 何言ってんの?」
「これ、受け取って欲しくて……っ!」

 そう言ってみょうじが差し出したのは、朝俺がみょうじの机の中に見たもので。

「は?」

 だってその手にある箱は、俺のじゃないんだろ?

「何で……俺に?」

 余りか何か? って、動揺のあまり気がつけばそんなことを口走っていて、彼女が震える声で言った。

「最初から手嶋君にしか用意してないよ!」

 俺のじゃないって、なんでそう思っていたんだろう。
 朝、挨拶を交わしただけでそれ以降俺と目を合わせないようにしていたのは、みょうじだって同じだったのに。
 勘違いした上に余裕が無くてそんなことにも気づけなかった俺なのに、みょうじは必死になって箱を差し出してくる。

「わ、私の思い違いかもしれないけど、同じ気持ちだって、思いあがりかも、しれないけど……」
「……そんなこと、ねーよ。俺、去年からずっとみょうじが好きなんだ」

 俺がそう言えば、みょうじは安心して、だけど泣きそうに顔を歪めながら笑った。
 去年俺がチョコを貰えなかったのは、俺が部活に真剣だったからだと、彼女が言った。だから、バレンタインすら忘れたフリをして、一年、今日と言う日を待っていたらしい。同じだなって言って、俺も笑った。

「ありがとな」
「……ううん、私の方こそ」

 包みを開くと、バレンタインにはありがちな二色のトリュフチョコが綺麗に互い違いに並べられていた。時々不恰好なものもあって、ちゃんと手作りなんだなって思うととても嬉しい。
 それを眺めて、両想いだったんだと知って舞い上がった俺は、調子に乗ってこんなことを言った。

「なあ、食べさせてくんない?」
「えっ」

 箱をみょうじに渡して、口を開けて目を閉じる。暫し動揺して、「えっ、えっ」と慌てていた彼女だったが、やがて意を決したのか、息を呑む小さな音が聞こえた。俺は当然、口の中にチョコが入ってきて、甘い味が広がるんだとばかり思っていたのだが、押し当てられたのはチョコなんかじゃなかった。

「……っ!?」

 チョコの冷たさも、硬さも、甘さもない。
 みょうじの唇の温もりと、柔らかさと、得も言われぬ高揚感に身体が震える。

「ち、チョコは、自分で食べてっ!!」

 唇を離すと同時に、みょうじはチョコレートの箱を押し付けるような形で俺に返却して、激坂をダッシュして学校に引き返してしまう。すぐに追えば手を掴めそうだったのに、足が動かない。
 鞄を持たずに俺を追いかけてきて、チョコを渡して告白して、あまつさえファーストキスを奪っていった彼女に、俺は成す術もなく立ち尽くしていた。








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