うしろから頭を撫でる手(今泉)




「背の高い男の人って、撫でられるのに弱いらしいよ」
「へえ、初耳です」
「今泉」
「なんすか」
「なんか思うことない?」
「脚立使ってんだからあんま変に動くなよって思ってますけど」
「えっそれしか思ってないの」

驚いたように今泉の方に身を乗り出すと、今泉は揺れそうになった脚立をがしりと掴んだ。まるで今泉の方が先輩のように、危ないですよと窘めてくる。脚立に座り直して今泉の顔をまじまじと見つめると、本当に「変に動くなよ」としか思っていなさそうな表情をしていた。私は今泉のつむじあたりをわしゃわしゃと撫でていた手を一旦離して、大きなため息をつく。私のため息を浴びて、今泉は顔を顰めた。
今泉は身長が高い、私よりも遥かに高い。故に彼の頭のてっぺんを拝めることなどそうそう無い。脚立を使って今日初めて拝んで、そういえばと通説を思い出して試してみたらこうだ。今泉は頭を撫でてみても全く表情を変えない。

「つまんないなー今泉」
「失礼なこと言いますね先輩。つーか早く電球換えてくださいよ」
「新しい電球取ってくんないと換えらんないよ」
「アンタが動き回るから脚立押さえるのに必死なんだよこっちは」
「うわ先輩にタメ口!ほんと可愛くない。誰がこんな後輩育てたの、責任者出てこい」
「金城さんすね」
「金城くんのせいにしないの」
「手のひら返し速すぎですよ」

今泉は淡々と答えつつ、私の手から古い電球を受け取る。そして新品の電球をパッケージから出そうとする。パッケージに貼られているセロテープを上手く剥がせないのか、少し手間取っているところを見るのはなんだか面白い。
そんな様子を見てしみじみと思うことは、今泉はイケメンであると言うことだ。撫でられたときの無表情も、セロテープに苦戦して眉根を寄せる表情も、たまにメンタルがやられて絶望しているときの表情も、そりゃもうイケメンだ。女子にきゃあきゃあ言われているし、親衛隊みたいなものもあるらしい。私にとってはただのいけすかない後輩だけれど、イケメンであることには変わりない。
そんな今泉が女の子にときめいたりドキッとしたりするときの表情を、見てみたいなと思う。いろんな表情を見てきた割にそういった色恋めいた表情は一度も見たことがなくて、せめて在学中に一度くらいイケメンがときめいた顔を見てみたいのだ。
だから私はときめいた表情を見るために、今泉に色々とちょっかいをかけている。今日の頭を撫でる作戦も、昨日の作戦も先週の作戦も不発に終わっているのだけれど。

「みょうじ先輩、どうぞ」

今泉はなんとかセロテープとの戦いに勝利したようで、新品の電球をこちらに手渡してくる。ん、と相槌を打って電球を受け取るときに手が触れたが、それに対しても今泉は反応しない。右手で電球をはめ込み、余った左手を再度今泉の頭の上に乗せると「またですか」と彼は言った。

「またですよ。今泉撫でる機会滅多にないし」
「期待してる表情はしませんから」
「えー……手と手が触れても反応しないし、今泉は何ならときめくの」
「つーかときめかせようとしてやってるって知ってるから、先輩に何やられても萎えます」
「萎えてんの!?」

まさかの発言にぎょっとして仰け反ると、また今泉は脚立を押さえる。もうちょっと大人しく出来ないんすかと聞かれたけれど、今の私は大人しく出来ない。
とりあえず電球を一番奥までくるくると回して嵌め込むと、両手を膝の上に置く。脚立の上でちょこんと座り込んでいる私とその隣で脚立を支えながら立っている今泉の図は、はたから見るとかなり奇妙なのではないかと思った。

「まさか萎えられているとは」
「あんだけときめいた顔見たいオーラ出されたら誰だって萎えますよ」
「私の今までの努力はなんだったのか……」
「努力の方向間違ってんですよ、あと脚立片付けたいんすけど」

今泉に追い立てられ、仕方なしに脚立からよろよろと降りる。当たり前だが私の目線は今泉のそれより下になって、つい先ほどまで見下ろしていた今泉のつむじはもう届かないくらいの存在になってしまった。
今泉は可愛くないけれどデキる後輩なので、私がぼんやりしている間にもてきぱきと片付けを済ませる。その間もやはり表情は変わらなくて、なんだか悔しくなってしまうのだ。

「先輩、何突っ立ってんですか」
「いろいろ……考えていた。悔しさ故に……」
「俺が萎えてんのってそんなに悔しいものですか」
「というか、ときめいた顔を見られないことがかな?」
「そんな全身全霊かけてた案件なんですか」

俺のそんな顔見てどうするんですか、と今泉は苦笑する。無表情からは変わったものの、私の求める表情ではない。私は口を尖らせて、「見たいものは見たいんだよ」と拗ねたように言った。自分でもなかなか面倒臭い先輩だな、とは思う。
今泉は自分のスポーツバッグを肩にかけて、そんな面倒臭い私に声をかける。

「とりあえず、今日はもう帰りましょう。部活動の時間終わってますから」
「んー、そうだね」

しょんぼりしつつも、今泉の声に忠実に反応した私は窓際に置いていた鞄を手に取る。そしてふと顔を上げ、窓の鍵が開いていることに気付く。施錠はしっかりしないと、後で誰にどやされるか分からない。
そう思って鍵を閉めていると、不意に背後からの気配を感じる。それから一秒も経たず、私の頭にぽふんと何かが乗った。ほの暖かいものだった。

「……今泉?」

窓ガラスにうっすら映るのは、私の頭を撫でる今泉。私がさっきまで彼にしていたように、彼も私の頭をくしゃくしゃにしたり、優しく撫でたりしている。私よりも指が長くて、私よりも体温は暖かかった。

「先輩、こういう顔が見たいんですね」
「こ、こういうって」
「今先輩がしてるみたいな」

そう言われてしまえば、私は私の顔を見ることなんて出来なくなってしまう。今の私はときめいた表情をしているというのか、今泉にときめいてしまっているというのか、ミイラ取りがミイラになっているじゃないか。
私が何も言えなくなっていると、今泉はそっと手を離す。おそるおそる今泉の方を振り返ってみると、今泉は無表情を保とうと努力はしたようだったが、私の顔を見てふふっと吹き出していた。

「……人の顔見て笑うとか失礼!」
「仕方ないじゃないすか、面白いし」
「おもっ……!?」

私が口をぱくぱくさせていると、今泉は更に笑う。その今泉の表情も滅多に見れないもので、私は怒りながらも、良いものが見れたと思った。けれど今泉に自分のときめいた顔を見られたと思うとそれも恥ずかしくて、頭の中で色んな感情が渦巻く。そうして混乱している様子が今泉にも見て取れたのか、「先輩は馬鹿だな」とまた笑われる。

「悔しいですか、先輩」
「悔しい、なんかもう色々恥ずかしいし」
「じゃあ仕返ししてきてもいいですよ」
「やだよ、だって萎えるんでしょ、今泉」

私がつんけんとした態度で言うと、今泉はやっと笑い声をおさめてくれる。そしてほんのりとした微笑だけを浮かべて、ここには今泉と私しかいないくせに、そっと耳打ちをする。

「さっき俺がやったみたいに不意打ちでなら、俺もときめくかもしれませんよ」

イケメンな後輩が耳元で、こんな言葉を囁いてくる。
私は私が今どんな表情をしているのか分からない。でも一つだけ分かるのは、またこの表情を見せたら今泉に笑われてしまう、ということだ。








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