わすれたラブレター(荒北)




「そういやさ、靖友」
「ンだよ」
「ついこないだ、ラブレターもらってなかったか?あれどうしたんだよ」
「…………アァ」

忘れてた。それだけ言うと新開は「ひどい男だな」とへらへら笑った。イケメンがそんな顔をすると何故だがむかついて、オレは新開の肩を軽く殴る。大して痛がりもしないアイツはへらへら笑顔を崩さないまま、「読んでもないのか?」と聞いてきた。
オレはその言葉に答えるより前に、三日前にカバンの奥底に無造作に突っ込んだ手紙を引っ張り出す。よれよれになったソレは若干封筒が開きにくくなっていて、面倒臭いことこの上ない。開いてもいないのに新開が「ラブレター」と言ったのは、ソレが薄いピンク色をしていたからだ。ピンク色の果たし状なんてあるわけない、というのが新開の見解だった。それはそうかもしれないが、「ラブレター」がオレの靴箱に突っ込まれているなんて真っ当な思考をしていたら考え付かないことだと思う。

「読んでねェ。だるいし」
「何照れてんだよ」
「照れてねェっつの!」

噛みつくように返事するが、新開はそれをものともせずに手紙をオレの手からひょいと取り上げた。ア、と声を上げたときにはもう遅く、新開は平気な顔をして封筒から便箋を取り出した。封筒と便箋はセットになっているようで、便箋も薄いピンク色をしていた。「便箋もピンクなら決まりだろ」と新開は言うが、何が決まりなんだと言ってやりたかった。

「オイ、見るならオレに許可取れヨ」
「三日間ほっといた癖によく言うよ」

新開は俺の言葉を聞いても手を止めることはせず、くしゃくしゃになった便箋をゆっくりと開く。そして便箋に書かれた字を丁寧に目で追うと、なるほどな、と呟いてこちらに便箋を見せてみる。
オレはソレに書かれた字を新開と同じように目で追う。それには小さなかわいらしい文字で一行ほど文章が書かれていた。

「今日の放課後、屋上に来てください……だってさ。宛名もねェし」
「ていうかさ、今日って言っても……三日前の手紙だろう、これ」
「ア」





「ありえない、マジでありえないでしょ……!一世一代の告白だよ!?」

一応行ってみろよ、と新開に言われてしぶしぶ来てみれば、屋上には確かに女子がいた。
オレのよく知る人物、クラスメイトのみょうじなまえ。それなりに見た目はいいはずなのに、オレを見るなりキレてきてぎゃーぎゃー喚いているから見た目の良さが半減している。こいつがあの手紙を寄越してきたというのか、こいつがあんな小さなかわいらしい字を書いたというのか。ポケットに突っ込んでいた手紙を取り出して、書かれている字とみょうじを見比べる。筆跡鑑定でも誤魔化せそうな気がした。

「ウルセー。つかみょうじかよ」
「私だよ、てか手紙渡したの三日前だよ!?三日間屋上で待ち続けてたんだけど!!」
「とんでもねェな」
「とんでもないのは荒北だよ!」

三日間屋上で待ち続けてたってとんだハチ公かよ、とついつい思う。
それなら主人に従順であってほしいけれど、生憎オレは主人ではないしみょうじもハチ公はおろか秋田犬ですらない。それなのに、みょうじはぎゃんぎゃん吠えまわる。実家のアキチャンより手に負えない。犬以下かと言いたくなったがそれをぐっと飲み込んだ。

「もうずっと来ないつもりなのかと思ってたー!」
「だからぎゃーぎゃーうるせーっつの」
「そりゃうるさくもなるよ、なんで当日に来てくんないの……。来ないなら教室ででも良いから断り入れてくれればよかったのに」
「宛名書いてねェんだから誰からのか分かんなかったしよ」
「それは私の失態……!」
「あとこの手紙今日読んだ」
「マジかよ!!やっぱありえない荒北のばーーーーーーーか!!」
「は!?バカはそっちだろ!?」

両手を頭に当てながら、みょうじは未だに喚いている。教室でこんなにも喚くみょうじの姿を見たことはないから新鮮といえば新鮮だが、この新鮮さは正直味わいたくはないものだ。
はぁぁ、とついため息を吐くと、みょうじはそれに呼応して頬をぷくっと膨らませる。その様子は犬よりかはハムスターに見えなくもなかった。

「つかお前さ、告白がどうとか言ってっけどホントにオレのこと好きなのォ?」

みょうじの心情がどうもつかみきれず、みょうじの隣へと歩く。そしてフェンスにもたれかかり、純粋に疑問をぶつけてみる。不意に近寄ったせいかみょうじは一瞬びくりと体を震わせた。一歩だけ後ずさったのを見て、なんでもかんでもグイグイ来るわけじゃあないんだな、と思った。

「え、……それ聞く?聞いちゃうの?」
「そりゃ聞くダロ」

目をぱちくりとさせて、みょうじはオレの顔を見る。その表情はあからさまに驚きに満ちているといったような感じで、とても恋する女子がする顔では無かった。本当にオレが好きなら、もう少しくらい可愛らしい顔をしていた方が良いんじゃないかとはちょっと思う。元は良い癖に。
みょうじはわなわなとしつつも、フェンスにもたれている俺の目の前につかつかと歩み寄る。そしてオレをびしっと指差す。眉根を寄せて、表情が少し福ちゃんに似ている。

「こっちはラブレターまで渡してるんだよ……!?それで察してないとは言わせないから!」
「だからどういうキャラなんだよお前」
「待ってほんとここまで言わなきゃわかんない!?荒北鈍すぎ!マジでバカ!!」

みょうじは顔を真っ赤にさせながら、オレに向かってそう言い放つ。その顔の赤みは怒りなのか、はたまた照れなのか。その判別は全くつかないけれど、みょうじの言葉に圧倒されて言葉を失っているオレは少なくとも照れている。勢いに押されて、フェンスに体重が思い切りかかった。がしゃりとフェンスが揺れて、全くオレらしくないな、と思う。
みょうじは指差しをしていた手をぎゅっと握りしめて、拳を作る。そしてそれをもう片方の手で包み込んで、口を開く。一回目は大きく息を吸い込んで、二回目に口を開いたときにやっと声を出した。

「好きってことだよ、バーカ!」

それだけ言って、みょうじは最後の最後でオレの返事も聞かずに駆け出した。
オレには追いかける熱意も無ければ甲斐性もない。
そして正直、今までにみょうじのことをそういう目で見たことが無い。
けれど、髪を靡かせながら感情のままに走り出したみょうじを見て、そして好きな相手にも関わらず感情のままに喚いていたみょうじを見て、「アリかもな」と思ってしまったのだった。

さて、教室に戻ってから、なんと声をかけるべきなのか。何と言ってもまた馬鹿やら何やら喚かれてしまうのだろうか。
そんなことを考えると、少しだけ顔がにやけた。









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