わすれたラブレター(金城)




※大学生設定

 小学校の頃にもやったなあと思いながら、高校を卒業した日にタイムカプセルを校庭の隅に埋めた。小学校の時は担任の思いつきでクラスの皆と授業でやった。当時集めていたカードゲームの一部を入れる子や、お気に入りのぬいぐるみを入れる子がいて、それぞれ六年後の自分に向けて手紙を書いた。
 小学生のわたしは高校卒業した私に、いい大学に入れたか、少年団で続けていたバレーボールは強くなっているか、恋人はいるか、質問ばかりを書き連ねていた。思えば中学と高校の六年間なんてあっという間だったと改めて思う。私は得意でもない勉強を頑張って洋南大学に進学できたし、バレー部では二年まで補欠、三年でレギュラー入を果たした。恋人はいないけれど恋はしている。思い描いた通りとまではいかないけれど、大体順調に人生設計をクリアできているんじゃないかと思う。ただ一番の難関は、素敵な旦那様を見つけて素敵な家庭を作るという未来予想図において、私が思い描く理想の相手が、意中の人が、絶対に私に落ちはしないだろうということだ。

「みょうじ」

 名前を呼ばれて、振り返る。

「何? 金城」
「友達が呼んでいるぞ」
「……ありがと」

 次の講義までは時間があるから何をして過ごそうかと思いながらノートを鞄に入れていると、金城がそう言って講義室の扉を指した。サークル仲間がそこにはいて、サークル長からの言伝があるらしかったので話をしに向かう。金城は高校の時から変わらない。無愛想というわけでもなく、それほど愛嬌があるわけでもなく、凛々しく雄々しい。ロードバイクに乗る彼を見たことがあるから余計にそう思うのかも知れないけれど。

「みょうじ、一緒なんだな、大学」

 入試前に、私の進路を知った金城が穏やかに微笑みながらそう言ってきた。宜しくなと付け加えられて、私は憮然とする。金城みたいに頭が良ければいいけれど、私には受かるかどうかなんてわからなくて、もし落ちたら浪人して金城とは同級生でいられなくて、何で今そんなこと言うのよって信じられなくて八つ当たりした。私は必死だと。

「受かるさ、お前なら」

 あっけらかんと金城が言い放つ。その根拠はどこからくるのかわからなくて、それでも金城が「一緒に行こうな」と言ってくれたから、それだけで私は頑張れた。仲の良い友達としてでも、ただの社交辞令でもいい。ただ金城の言葉は、いつだって私に魔法をかけてくれるから。
 それでも、大学に受かるための勉強は頑張れても金城と付き合うために告白を頑張れない私は、小学生のわたしに誇れない。当時思っていたほど高校生も大学生も全然大人じゃないよ。私は子供のままだ。
 きっとこれからも金城への想いは隠して生きていくんだろうと思ったら、吐き出さずにはいられなかった。小学校での記憶を頼りに、タイムカプセルを自分で作った。金城と一緒に写っている写真と、想いを綴った手紙を入れて。それはきっと、掘り起こすことは一生ない。きっとない。いつか私と同じように手紙を埋めにくる子か植木を増やすときに掘り返される日がくるかもしれないけど、そのときにはきっと私はこの町にはいないからいいの。

「卒業おめでとう」
「ああ、ありがとう。みょうじもおめでとう」
「ありがと」

 四年間の大学生活もあっという間に終わり。もちろん就職先が別々な私達は、これから会うことは滅多になくなるのだろう。連絡手段はあれど、そこまでの付き合いがあるかと問われれば、否。自転車で繋がっている荒北や待宮が羨ましい。

「元気でね」
「ああ」

 声が震える。何度も何度もチャンスはあったのに掴めなくて、その度にうじうじ悩んで涙した。でもその気持ちは全部校庭に埋めたから、私が金城真護にこの想いを打ち明けることは決してない。
 別れの挨拶をかわして、それぞれの道を歩き出す――はずだった。

「みょうじ」

 名前を呼ばれて、振り返る。
 このやり取りはもう何度目だろう。小さな用件であっても金城は絶対に私の名前を呼んで、私が振り向くのを待って、きちんと目を見てから話し出す。その律儀で誠意に溢れる金城が好きだった。

「忘れ物だ」

 否、過去形にするには早かったかも、知れない。

「え……っ!?」

 金城が忘れ物と言って私に差し出してきたのは、少しヨレた封筒。妹にもらった、数年前に流行っていたアニメ、ラブ☆ヒメのレターセット。封筒同様に中身も可愛さ溢れる便箋。内容は、可愛くも楽しくもない。そのはずだ、金城が持っているそれが、私の記憶にあるそれならば。

「なんで!?」

 しっかり糊付けしてあった封が切られている。金城が中身を見たことは一目瞭然で、私は視界が真っ白になる。声だけじゃなくて足も震えた。

「悪いとは思ったんだが、気になってな。あの日、卒業式の後に帰らずに校庭に向かうみょうじの後をつけて、俺も校庭に行ったんだ」

 知らない。そんなの、私は知らない。

「なんで、」
「まだそれを聞くなら、お前も相当に鈍いことになるな」
「!」

 私は金城真護が好き。でも伝える勇気も忘れる覚悟もないから、この場所に埋めていこうと思う。金城は意外と鈍いから、私の気持ちにはきっと気づいてもくれない。この想いを抱いたまま同じ大学に進学するなんて苦しいから、金城のかわりに受け取ってね。

 そう綴った手紙を、校庭の桜の木の下に、埋めた。王様の耳はロバの耳という童話で若い床屋が決して喋ってはならない王の秘密を掘った穴に叫んだように、私も叫びだしたいほどの想いを穴に埋めたのだ。けれどそれは、一番見られてはいけないひとに暴かれてしまった。
 ロードが恋人ってくらいに打ち込んでいる金城に浮いた話は聞いたことがない。これだけ近くにいて何もないのだから、これからもきっと成就しない想いだと決めつけてきた。けれど。

「少なくとも俺は、これを見たことを後悔していない。多少の罪悪感はあるが、寧ろあの日魔が差した自分を褒めてやりたいくらいに思っている」
「金城……だって、私は」
「あれだけの熱視線に気づかない方がおかしいだろう」

 金城が呆れたように言う。私はもう全身がゆだるようにあつくて呼吸さえもままならないというのに、金城はいつもと全く変わらないように見えてなんだか悔しい。なんで私ばっかり、こんなに恥ずかしいの。

「金城、ひどい」
「ひどいのはみょうじの方だろう。努力以前に最初から諦めるのは感心しないな」

 そりゃ金城は何事も決して諦めないというのがポリシーで、意外と熱血漢だけど、それを私に強要しないでほしい。私は無理だと思うものは決して背伸びしない。

「望む物が、目の前にあるのにか?」
「っ!!」
「明日からはもう、今までのようには会えない。だから俺は、手紙を持ってきたんだ」

 金城が、私に手紙を押し付ける。咄嗟に受け取るしかなかった私は、金城と手紙を交互に見つめて困惑していた。だって金城が、何かを待っている。

「言ったはずだぞ。みょうじ、忘れ物だ」
「……それは」

 もう一度、やり直せってこと?
 あの日伝えられなかった想いを、高校卒業してから大学卒業するまでわざわざ待って? 手紙を大事に取っておいたの?

「バカじゃないの……金城」
「俺は諦めなかっただけだ。ロードも、みょうじも」

 これからも金城の一番はロードかも知れない。就職した今、仕事人間になるかも知れない。それでも。

「私っ、金城が好きだよ。高一のときからずっと!」

 七年の、片思い。小学校の六年間よりも長い。タイムカプセルを埋めた時間よりもずっと長い間、思い続けてきた。

「俺も、高一からだ」

 ちょっと勇気を出せば、すぐに手に入る距離にいたのにね。

 ラブレター、やっと渡せた。








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