足ふるえてるよ(真波)




こわがってるの?なんて、真波くんは聞いてきた。彼は口角こそ上げていたけれど眉毛はしょぼんと垂れていて、私はなんだかたまらなく申し訳ない気持ちにさせられる。それでも真波くんを怖いと思っていることに変わりはなくて、私はこくんと頷いてみせた。

「あー、やっぱり?」

真波くんは私から二、三歩離れたところに立っていた。そして私の顔色を見ながら、ただの相槌とも溜息とも取れるような声を発した。
真波くんは、綺麗な顔をした男の子だ。決して厳つい方ではないし、背は少し高いけど威圧感もない。けれど私は今、真波くんを怖いと思ってしまっている。そしてそれは、きっと仕方のないことなのだと思う。彼の口からあんなことを聞いてしまったから。

「……さっきのってさ、冗談……とかじゃないよね」

私はつい数分前に聞いた真波くんの言葉を未だに消化しきれていなくて、彼に問う。真波くんは微妙な笑顔を崩さないまま、ほんとだよ、と呟いた。

「信じてもらえないかなー、とは思ってたけどね。前世のコイビトとかって言っても」
「……前世って、ねえ」

真波くんがごく普通のことのようにぽろっと言いだしたのは、俄かには信じ難いことだったのだ。
私は前世とか輪廻とか、そういうものを信仰していない。もしかしたら、本当にもしかしたらあるのかもしれないけれど、それの記憶がー、とか言い出す人は悪質なペテン師かただの痛い子だとさえ思っている。
そんなことを、目の前にいるこの真波くんが言い出したのだ。そして「前世はみょうじさんのコイビトだったんだよ」とまで言い出したのだ。
もしこれが現世でも恋人同士で、結構なラブラブカップルなのだとしたら「俺らって前世でもカップルだったんじゃね?」とふざけて言うことは有り得ると思う。それはコミュニケーションとして言っているのだから、もし言われたとしても頭ごなしに否定したりはしないだろう。
けれど真波くんと私は、ただのクラスメイトだ。たまに日直で一緒になったり、たまに席替えで近くになったり。そのときに少し話して満足するくらいの、そういう関係なのだ。そんな人から「前世はコイビトだったんだよ」と言われたら、何を言っているんだと思うしからかっているのかもしれないと思うし、そして、少し怖い。

「……ま、なみくんて、そういうこと言うタイプだっけ?」

時々天使のようだと揶揄されることもある真波くんの顔を、今は直視できない。からかわれているだけなら良かった。でも真波くんの口調や態度を見る限り、からかって言っているわけでは無さそうだ。そうするとこれは、前世云々が本当のことであるか、真波くんが前世を勝手に想像で作り込んでそれを信じてしまったかのどちらかということになる。どちらにしたって、私の心を覆う薄い恐怖の膜はなかなか取れそうにない。

「んーん。言わないタイプ?かな」
「だよね……」

真波くんはふるふると首を振って、そのあと私の目を見据えた。その目が真っ直ぐすぎて、私は彼に対してどうリアクションをしたらいいのかわからなくなるのだ。私は曖昧に返事をして、真波くんの顔から視線を外した。

「信じられない?よね」
「まぁ、そりゃ、うん」
「でもほんとうなんだ」
「ん、そうなの、かぁ」

本当だと言われたって、そんなことは私には分からない。
真波くんがとっても真剣に言ってくれているのは分かるのだ。わざわざ接点のそんなにない女子を呼び出して、ふざけてこんな話をするほど彼は暇な人間ではない。真波くんのことを詳しく知っているわけじゃないけれど、それくらいは分かる。

「信じられないけど、とりあえず、飲み込む」
「受け入れてくれるってこと?」
「受け入れ……うーん、真波くんの話を飲み込む……」
「はは、そんな無理しないでいいよ」

もし真波くんが、とんでもない妄想癖の持ち主で、自分自身の妄想を信じているだけだったとしたら。
そう思うとやっぱり怖くて少し震えてしまうけど、眉を垂らして笑っている真波くんを見ると何故だか信じてあげなければならないような気がするのだ。真波くんの頬にうっすら浮かぶえくぼが訴えかけてくる。

「俺、みょうじさんのこと好きだから、この世界でも付き合いたいんだ」
「え、えぇ……」
「いや?」

真波くんに呼び出された中庭には、ふわ、と時折風が吹いていた。そろそろ冬が訪れるのか肌寒く、北風がスカートを緩やかに揺らす。
真波くんが突然告白のようなものをしてきたから、思わず挙動不審な声が出る。それを否定と取ったのか、首を傾げて問うてきた。

「いや、というか」

別に、真波くんが嫌だというわけじゃない。むしろ格好良い方だと思うし、真波くんと付き合うことになったら大抵の人が羨ましがるだろう。
けれどそんなに突然告白をされてしまえば、戸惑うのは当たり前のことだと思う。それに、その前に散々前世がどうとか信じがたい話をされている。その話を一旦飲み込んでしまおうと決めてはみたが、そんなにすんなりと受け入れられるはずもない。
真波くんに何と返事をしていいのか考えあぐねて、私は口を開いて何かを言いかけて、いやでも、と口を閉ざすのを繰り返した。
真波くんはそれをじっと見ていて、フッと小さく吹き出した。

「……何で笑ってるの?」
「えへへ、懐かしくて」
「懐かしい、かな」
「……うん」

よくやってた、何て言えばいいのか分からない時に。そう真波くんが言うと、私はなんとも言えない気持ちになる。
真波くんの前世の話は本当に本当、なのだろうか。本当じゃなかったら真波くんのことが少し怖くなるけれど、本当だとしても、少し怖い。
私の知らない私を真波くんは知っていて、それを懐かしんで、そして私はそれが何のことなのか分からずあたふたする。私の知らない私に真波くんは恋をしていて、私は私の知らない私にはなれない。
どう転んだって、真波くんの恋はどうにもならないんじゃないか?

「……真波くんは、」

私は真波くんと目を合わせた。真波くんは綺麗な瞳で私を見ていて、それにちょっとだけ、怯んだ。

「真波くんは、前世の私が好きなだけで……それは今の私じゃ、ないんじゃないかな」

怯んだけれど、言い切った。
言った直後に、これは真波くんを傷付けるだけの言葉のように思えたけれど、言わずにほいほいと真波くんを受け入れることよりかはずっと、残酷ではない気がした。
真波くんはそれを聞いても、私をずっと見つめていた。見つめて、二、三歩、距離を詰めた。

「ーーさんも好きだったけど、」

真波くんは声を出した。そして、誰かの名前を呼んだ。名前だけ何故だか聞き取れなくて、けれど聞き取れない方が正しい気がした。

「もしみょうじさんがーーさんじゃなかったとしても」

聞き取れないのは、きっと私じゃない私の名前だった。そこだけ霞んで、でも、それでよかった。
真波くんはだらんと垂れた私の手を握る。さほど仲良くもない人に手を握られたが、何故だか嫌な感じはしない。
真波くんはにっこりと笑う。真波くんの頬のえくぼは特徴的で、何かを思い出しそうになった。

「それでも俺は、この世界でみょうじさんに恋したよ」

真波くんはそう言った。
結局私は何も思い出せなくて、真波くんの瞳にただただ吸い込まれるしか出来なかった。








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