足ふるえてるよ(銅橋)
「あ、そうだ。銅橋くん先に寮戻ってて」
「あ?」
部活終わり。日もすっかり沈んで、近いはずの寮までの道も遠く感じる。つい先日までこの時間はまだ明るかったのに、と嘆いたところで季節の移り変わりはどうにもならない。晩秋の肌寒さを感じながら、そういや秋の日は釣瓶落としって言うしな、などと考えていたらマネージャーで恋人のみょうじなまえに声をかけられた。男子寮と女子寮では少し位置する場所は違うが、もう暗いから女子寮まで送って行くのが当たり前になっていた。そんななまえが、今日は先に帰れと言う。
「お前は帰んねーのかよ」
「うん、ちょっとね」
「言えない理由なのか?」
なんだよ。まさか浮気じゃねぇよな。微笑んではいるが何やらはっきりしないなまえに苛立ちが募る。俺が無言でいると相当な圧だったのか、小さな声で理由を言った。
「教室に、忘れ物しちゃって」
「……そんだけか?」
「え? う、うん……」
なんだよ、浮気じゃねぇのか。なら、何でそんな隠す必要があるんだ?
「一緒にいってやるよ」
「え、い、いいよ。悪いし……」
「女を置いて男が一人で帰れるわけねぇだろ!」
わかれよ、全く。
ため息混じりにそう言うと、なまえは少しうなだれて「ごめんね」と呟いた。いや、別に落ち込ませたいわけじゃねぇんだけどよ。
「……心配するだろ、やっぱり」
「! あ、ありがとう」
眉を下げて、やっと浮かべた笑みに安堵する。何だかんだ言いつつ、こいつに怯えられるのが一番堪えるんだよ俺は。人よりでかくて、人相悪いって自覚があるから、余計に。こんな俺を好いてくれるただ一人の女を、守ってやりたいって気持ちになるんだ。
「ほら、さっさと行くぞ、何忘れたんだ?」
「明日提出の、数Uの課題……」
「そんなん明日誰かの見りゃいいじゃねぇか」
「えぇ!? 課題は自分でやらなきゃ意味ないよ」
「真面目か。真波のヤツに聞かせてやりてぇな」
他愛もない話をしつつ、夜の校舎に入る。まだ遅番の教師が職員室に残っているようで明かりがついていたが、別にすぐ出りゃいいだろうと声はかけずに二年の教室へ向かう。いつもなら俺の半歩後ろをついて歩くなまえは、今日はぴったりと俺の横にくっついて歩いていた。まあ、その理由はわかる。けどな、
「あんまりひっつくと歩きずれぇよ、なまえ」
「あっ、ご、ごめんね……」
「……別にそんな謝らなくてもいいけどよ」
難しい。女ってヤツはどうも扱いがわからなくて、真波や部活の連中と接するみたいにすれば心底おびえさせてしまったりもする。だからこいつだけはって思うのに、なかなか上手くいかない。
隣を歩くなまえをチラ見しながら、かける言葉が見つからずについつい舌打ちが零れる。それにびくりと肩を震わせるなまえにやべぇと思ったのも一瞬のこと。
「ど、銅橋くんっ」
「うお!?」
突然、俺の腕にしがみついて必死な顔をするなまえ。ああ、これはかなりやばいな。
どうやら、舌打ちと同時に俺の肩が廊下の掃除用具入れにぶつかった音に驚いたらしいが、暗闇でもわかるくらいに青褪めたなまえは俺の腕を引っ張ってこう叫んだ。
「怖くない!?」
「……はあ?」
なんで俺が怖がるんだよ。暗いとことか幽霊とかが嫌いなのはお前だろ。今だって手も足も、全身が小刻みに震えてるじゃねぇか。
「俺は別に、怖くねぇよ……」
「え、だ、だって……遊園地行ったときとか、お化け屋敷はナシってバツ印とかつけてたし……怖いんだと」
「んなトコでわざわざ自分の弱点を晒すかよ! っつーか、お前が暗い場所嫌いだって知ってたから気ぃ遣ってたんだろ」
その瞬間、ハッとした顔で涙目で俺を見つめてくるなまえ。あ、ちょっとばかし強く言い過ぎたか。
「いや、その、悪か……」
「わ、私の早とちりだったんだぁ……いつもありがとう銅橋くん」
俺の謝罪の言葉を遮って、ぎゅうっと少ない握力で力いっぱいに俺の腕を抱きしめてくるなまえ。いろいろやばいからそれ以上は勘弁しろって、マジで。
怖いくせに、俺も怖がっていると勘違いして無理して強がって。小さな物音でびびるくらいなのに、一人でどうするつもりだったんだろうと思う。
「やっぱり銅橋くんは優しいね。好きだよ」
涙を拭いながらそんなこと言われたら、耐えられるわけもなかった。嬉し涙を流すなまえに手を伸ばそうとした、その瞬間。
「お前ら何やってるんだ!」
物音を聞きつけてやってきた教師が、懐中電灯を俺らに向けながら声を上げた。そこからは、言うまでもなく懇々と説教地獄。まあ、泣いてる大人しそうな女子と強面の大男が一緒に居れば悪い想像しかつかないだろうが、そこはなまえが事情を説明してなんとか事なきを得たわけで。
「〜〜〜!」
教師の声を聞きながら、気づかれないようにこっそりと絡められた指に全神経が集中してそれどころじゃなかった。
なまえも震えが止まったようで、まあ、良かったじゃねぇか。
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