ねえ好き、大好き(荒北)
愛してるって、何だか重い言葉。高校生が使うにはあまりに不似合いで、ドロッと甘い果実のよう。そう、まるで桃みたいな。
好きという言葉は何だか可愛い。子供の頃から使ってきた馴染みある言葉だからかも知れない。パパとママが好き、ぬいぐるみが好き、公園で遊ぶのが好き。愛よりも少し軽くて、爽やかで、果実に例えるならオレンジや苺みたいな甘酸っぱさがある。
私は、どちらを伝えればいいのかな。好きよりも大きくて、でも愛と呼ぶには幼いこの気持ち。まあ、そのどちらを使ったところで、彼に伝わるとも思わないけれど。
「ねぇ、私のこと好き?」
「勿論、愛してるよ」
公園でイチャイチャしているカップルからはそんな言葉が飛び出す。もしも彼からそんな言葉を聞いた日には間違いなく私は卒倒してしまうわ。まあ、そんな日がくることは絶対に無いのだけれど。
いいなあ、好きって言ってもらえて。
いいなあ、愛されてるって実感が持てるって。
私は、彼にとってどれほどの存在なんだろう。
「靖友くん」
「何ィ」
気怠げな声。それでも私の呼びかけには応答してくれる靖友くんは優しい。優しいの基準が低すぎるって、先日友達には言われた。
「この間福富くんに自転車部の練習見に行っていいか聞いたんだけど」
「ハァ!? 何勝手なコトしてんのォ」
靖友くんは本気で驚いた顔をして、それから「どうせあの鉄仮面に断られたんダロ」なんて言う。
「ううん、良いって」
「……ウソォ」
「私が来たからと言って靖友くんの練習の妨げになるようなことはないからって。『あいつは決して手を抜かない男だ』とも言ってたよ」
「……」
靖友くんはしばらく黙った後に、なんだか「福チャンには敵わないナァ」とか呟いていたけれどその顔はずいぶんとだらしなくゆるんでいた。わかりやすいなぁ。
「福富くんにOKもらったんだから、いいよね?」
「しゃーねェ、約束だしな」
前に見学したいとお願いしたら、他の連中の邪魔になるからと一蹴されてしまったのだ。福チャンの許可が下りれば別だけどネと呟いたのを私は聞き漏らすことなく実行したのだった。
「きっと練習中の姿も格好良いんだろうな」
「それ、本気で思ってるゥ?」
「勿論だよ」
靖友くんにはよく、物好きな女だと言われる。何をもって物好きと言うのか私にはわからないけど、こうしてせっかくの部活休みの日に貴重な時間を割いて私と一緒に居てくれる靖友くんのことが私は本当に好きで、一緒に過ごすこの時間が幸せだと感じるのだからそれでいいのではないだろうか。好きになる理由ならそれだけで十分でしょう。靖友くんが優しいのは、私だけが知っていればいいことだもの。
「しっかし、デートしたいっつーから来たのに、なんで公園ナンダァ?」
「……えっと」
靖友くんはちらりと他のカップルに目をやって、すぐに視線を逸らした。いたたまれない、という風に。独り身ならそう感じるのも仕方ないかも知れないけれど、今は私という彼女がいて、私たちはデート中なのだ。ほかのカップルのことなんて、どうでもいいじゃない。
「……何となく、たまにはのんびりしたいなと思っただけ」
そうやって、思っていることの全てを吐き出すなんて出来ない。忙しい靖友くんの、負担になってはいけないから。
他のカップルみたいに、もう少し触れ合っていたいなんて、そんなこと言えない。
「ふーん?」
靖友くんはチラリと私の顔を見て、再びそこらのカップルのやりとりに視線をうつした。甘い空気を醸し出すその空間に、私たちは取り残されているようだ。人目も憚らずに手を握って、肩にもたれて、腕に抱きついて、キスをして。そんな普通の恋人が羨ましいとか、思ってはダメ。靖友くんに私の願望を押し付けてはいけない。
「なまえ」
「え?」
不意に靖友くんに名前を呼ばれて呆ける。何かを言おうと顔を上げたら、手に何かが触れた。
「!?」
靖友くんの手が重ねられて、偶然かと思おうとしたけれど靖友くんは真っ直ぐにこちらを見ていて。ぎゅっと、力が込められる。
「どうせ、普通の恋人みたいなことしたいけど俺には言えないとか、くだらねぇこと考えてんだろ」
「なんで、わかるの」
「野生のカン」
そうだった、靖友くんはカンとか洞察力が鋭くて、私の見え透いた嘘なんか全てお見通しなのだ。
やれやれ、という風に浅いため息を吐いた靖友くんは、握った私の手を軽く引いて自分の方へと引き寄せた。その瞬間、
「触ってイイなら、俺だって我慢しないヨ?」
靖友くんの低い声が耳に届いた。
ゆっくりと距離が縮まって、口づけられる。靖友くんは私に声を発する暇も与えてはくれない。
唇が触れ合うと身体の芯から燃えるように熱くなって、熱いのにぞくぞくと震えが止まらない。
「……ねぇ、靖友くん」
「ア?」
「大好き」
好きより大きくて、だけど愛という言葉は相応しくない、私達の青い恋。この気持ちをどうやって伝えようか。その方法を私は持っていないのだけれど、それでも声を大にして伝えたい。貴方を誰より想っていると。
「バァカ」
私の言葉を受けてぽかんとしていた靖友くんだったけれど、次の瞬間ふっと呆れたような溜息を吐いてそう言った。
「んな当たり前のことイチイチ言わなくても解ってるっつの」
くしゃり、くしゃり、頭を撫で回される。いつもは冷えている靖友くんの手があつくて、でもきっとそこを指摘なんてしたら怒られるだろうから私は黙って受け入れた。
今の私達はきっと、周りのカップルに負けないくらい幸せオーラ全開なんだろうな。
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