悪気はないけれど期待はしてた(泉田)




「そういえば夏祭りの話、どうなった?」

汗ばんだ制服に下敷きで風を送りながら泉田くんにそう聞くと、彼はクエスチョンマークを頭の上に浮かべながら首を傾げた。
アブラゼミが五月蝿く鳴く声を聞きながらそんな仕草を見ると、私はひどくもやもやとした気持ちになってしまう。泉田くんがこんな顔をするときは、だいたい心当たりのないときだ。彼氏の前でかわいらしい表情を作ることも忘れてついげんなりとした顔をし、「覚えてないの?」と眉を顰める。すると泉田くんは申し訳なさそうな顔をしつつ「えっと……」という枕詞を付けて、私の不満げな声に対して返事をした。

「インハイがあるから、時間がないと思うんだけど……」
「……インハイ終わってからの日程。前言ったはずだよ」
「あ、あぁ。そうだったかな……」

むすっとした顔で机に突っ伏しながら言うと、泉田くんは圧倒されたように声を漏らした。
どうやら彼は完全に夏祭り関連の話を忘れてしまっているらしかった。以前割としっかり話したはずなのに、そして私は泉田くんと夏祭りに行けるのか行けないのか相当やきもきしていたのに、そもそも忘れてしまっていたとは何事か。心の奥でふつふつと湧き上がってきた怒りの感情をなんとか押し込めつつ、けれど全部に蓋をすることは出来なくて、ついつい口を尖らせる。
きっとこういうとききちんと我慢をして部活を応援するような彼女の方が良いのだろうけれど、生憎私はそんな器用なことが出来て、尚且つ辛抱強い人間ではないのだ。だからつい顔を顰めてしまうし、泉田くんの感情を上手く汲み取ることもなかなかできない。

「私、泉田くんと夏祭り行けるかどうかで最近すっごいどきどきしてたんだけど」
「ごめんなまえ。最近部活が忙しくて」
「それは分かってる、けど」

泉田くんの口から謝罪の声が聞こえる。蝉の声に埋もれながら、私は小さな声でそれに返した。
泉田くんが最近忙しいのは、そりゃあよくよく知っている。彼は部活の主将にもなったし、その部活はインターハイに出るし、そうとなると彼自身にかかってくるプレッシャーも相当な物なのだろうし。正直言って彼女と行く夏祭りのことがかすんでしまうもの無理はないかもしれないな、と思う。
でも、それでも私にとっては泉田くんと行けるかもしれない夏祭りはこの夏最大のイベントだったのだ。それを忘れられてしまったんなら、悲しくなってしまうのは仕方ないことだと思う。

「そりゃインハイが凄く大事なのは、私でも分かるよ」

突っ伏していた机からゆらりと起き上がって、正面にいる泉田くんの顔を見た。
きっと泉田くんは、こんなわがままを言う私に対して疲れたような、呆れたような顔をしていることだろう。そう思って見た彼の顔は、私の予想をちょっぴり裏切った。
彼の整った顔には焦りというか後悔というか、そんな表情が浮かんでいる。私が予想していた表情と似てはいたけれど、それは別物だった。インハイインハイと言っているけれど、彼の顔を見て分かるのは、私との約束を忘れていたことに対して悪かったと本当に思ってくれているらしいということだった。
泉田くんは器用なところがあるから、最初にした申し訳なさそうな表情は取り繕ったものなのではないだろうかと一瞬疑ってしまった。けれども同時に不器用なところもあるから、彼の今の表情を見て少しだけ安心した。

「それでも、忘れていてごめん」

もう一度、謝罪をする泉田くん。インハイ常勝校の主将なのに、きっと部員の皆の前ではしっかりとした上級生でいるんだろうに、こんな生意気な彼女に両手を合わせて謝るのがなんとなく愛しかった。
彼氏にこんな顔をさせてしまったのだから、私はもうぐちぐちと泉田くんに不満を言うべきではないのだろう。
もういいよ、と笑いかけると泉田くんは元の体勢に戻って、私の笑顔を見た後にほっとしたような表情を見せる。そうだ、私は泉田くんの困った表情を見たいわけではなかった。勢いに任せて泉田くんの態度に文句を言ったり不機嫌になったりしてしまったけれど、本当はそうじゃなくて、ただ二人での夏の思い出が欲しかったのだ。

「……で、行けそう?15日なんだけど」
「じゃあ、お盆だね」

私がそう聞くと、泉田くんは机の上に置かれていたスケジュール帳を手に取って、ぺらりとページを捲っていく。そして八月のページで手を止めて部活の休みを確認した後、こちらに向き直って「大丈夫だよ。行ける」と返した。
たったそれだけの言葉に私は破顔して、やった、と思わず声を出してしまった。

「良かった。じゃあ折角だしさ、浴衣あったら来てきてよ」
「えぇ、少し面倒なんだけど」

わあわあと一人で嬉しがる私に、泉田くんはまるで子どもを窘めるように言い聞かせる。けれど、それで引くような私ではない。なんてったって、泉田くんとデートできるということはレア中のレアなのだ。この機会に目一杯楽しみたいし、部活で忙しい泉田くんとはこの夏祭りを逃したら夏休み中に会うことはないかもしれない。それなら会える日に、私がしたいことを二人でしてみたい。
私はふふんと鼻を鳴らしてみせる。少し得意げに見え過ぎていたようで、泉田くんは「何なの」と含み笑いをしながら問うてきた。

「夏祭りの話忘れてたでしょ?そのお詫びとして、それくらいはしてよね」
「あれ、もしかして浴衣狙いで話を持ち出してきた?」

含み笑いを続けたまま、泉田くんは私に言う。ちょっとおどけたような顔をして、長い睫毛を揺らしてみせた。
教室の端に申し訳程度に取りつけられた風鈴がちりんと音を立てて、夏の匂いがした。私はすん、と息を吸い込む。夕暮れも近づいて熱気は無くなってきたけれど、空はまだ明るい。夏至はもう一か月も前に過ぎているから、そろそろ本格的に夏が始まる。
もしかしたら、泉田くんと夏の匂いを楽しむのは今年が最後になるかもしれない。最後にしたくなくても、最後になってしまうかもしれない。
なら今年くらいは浴衣を、出店の綿あめを、祭の最後の花火を、それら全部を期待したってきっと、ばちは当たらないだろう。
私は頭を軽く振って、泉田くんに下手くそなウインクをしてみせた。

「ううん、狙ってなんかないよ」
「ほんとかい」
「ほんとほんと。悪いことは企んでないから」

まぁ、色々と期待はしてるけどね。
そう付け加えると、泉田くんは大きな目を細めて「じゃあ、期待に応えるとしようか」と苦笑した。









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