寝ぼけたふり(鳴子)
おうちデートとかいうもんって、おもろいんやろか。
ベッドにごろりと横になりながらそんな事を思う。目線の先にいるなまえはワイのロードバイクの雑誌を熱心に読んどる。きっとワイの事は、ベッドに寝転んでいるから眠りこけてしまったんやと思っとるんやろう。
なんかよう知らんけど、特に何かをするわけでもなく、ただ家でのんびりするだけがおうちデートってもんらしい。知らんけど。ワイからしたら遊園地に行ってぎゃあぎゃあ騒いだり、買い物に行ってこれが似合うあれが似合うとか喋っている方が有意義な気がするんやけどなぁ。でもなまえはこういう何もしないデートをしてみたかったらしく、「次のデートは章吉くんの家に行きたい」と懇願されてしもうたから断るわけにはいかんかった。ワイも出来た彼氏やから、できるだけ彼女サンのお願いは聞くんやで。あ、ここ笑うところやから。
でもこれ、デートって言えるんやろか。二人とも別々のことしよるし、会話もないし。まぁ会話が無いんはワイが寝とると思いこまれてることが原因なんやろけど。
正直な話、ワイの家に来たいとなまえが言うたときワイは柄にもなく緊張してもうた。だってワイも立派な高校生男子やし、そういうん考えるお年頃やし。もしやこれは恋人としての進展の兆しが見えたんちゃうか!?家でいちゃいちゃするやつとちゃうか!?と足をばたばたさせてしまうくらいには。けど蓋を開けてみればいつものデートよりまったりしとって、ワイがぼんやりと思い浮かべた後に急いでモザイクをかけた妄想は意味のないものになってしもうた。ワイがただただエロい妄想をしただけに終わった。
(……なんやつまらんなぁ)
ごろ、と寝返りを打ちながら思う。一瞬なまえがこっちを振り返ったみたいやけど、何も話しかけてこなかったところを見ると「章吉くんの寝相すごいなあ」くらいに思っとるはずや。
眠っている(と思われている)ワイに気を遣って静かにしてくれるっていうところはなまえもなかなか出来た彼女やけど、今ワイは何もないこの状況に飽きてしもうとる。かと言っていきなり話しかけると今までの狸寝入りがバレてなんだかバツが悪いし、出来たらなまえが話しかけてくれたらええのにな。でもそれは多分無理やろな。
もう一度寝返りを打って、うっすらと目を開けてなまえの横顔を盗み見る。なまえは彼氏のワイが言うんもアレやけど、なかなか美人やと思う。美人の横顔はそりゃまた綺麗で、うっすらとしか見えなくても惚れ直してしまう。でもやっぱり美人は正面から見るに限るやろ、そう思ってふとあることを思いつく。
(そや。今まさに目が覚めましたーみたいな振りをしたらそんなにバツが悪うはないやろ)
ワイの演技は大根やないし、きっとなまえにバレたりはせんやろ。じゃあやるか、と腹を決めて、ワイはまるで起きたばかりの子どものような声を出した。
「……んー……」
「あ、章吉くん起きた?」
おはよう、と言いながらなまえは今まで見ていた雑誌から目を離して、初めてワイをしっかり目を合わせた。大きくてくりっとした瞳で見られると、ワイは毎回どぎまぎしてしまうからちょっと苦手や。ちょっと苦手やけど、めっちゃ好きや。
「部活で疲れてるだろうから寝かせたままが良いかなと思ったんだけど、よく眠れた?」
ワイの演技を一切疑っていないような表情のまま、なまえはベッドの方へ寄ってくる。ふんわりとしたワンピースを揺らしながら腰を曲げて、ワイの顔を覗き込んでくる。これ見る角度によっては首元から胸見えてしまうで、ワイが彼氏やからええようなもののもうちょっと気をつけや、と一瞬思って、すぐに自分自身の下世話な考えを打ち消した。
それはそうと、起きたばかりの演技はどのくらい続ければええんやろか、自分のさじ加減でええんやろか。
「んー……。よお寝た……」
「あはは、まだ眠そう章吉くん」
「うん……」
ワイを見下ろしながら、そしてワイのぼやぼやした声を聞きながらなまえは綺麗に笑う。こっちは寝ぼけた演技をしているのに、それにまんまと騙されているなまえがなんだか面白いくらいに愛しいなあ、と急に思った。
(ちょっと、いたずらしてもええかな)
好きな子はいじめたくなるタイプかと聞かれれば、ワイはたぶんそうやと思う。ふと自分の中の意地悪い心が前に出てきて、呑気に笑っているなまえに何かやってやろうという気になった。
何がええやろかと考えて、さっきから、というか家でデートする話が持ち上がってからずっと頭の片隅にあってどうしようもなかった妄想が我こそはと脳みその真ん中に躍り出てきた。ちょっとアダルトな妄想やけど、そしてさすがにそこまで過激な事はせんけど、少しくらいはワイの希望に付き合ってもらおうかと思う。さっきまで何も出来んかったから、今からは多少好き勝手やっても怒られはせんやろ?
「なー、なまえ……」
「なに、章吉くん……うわ、っと」
なまえがワイの名前を呼んですぐ、なまえの腕をつかんでベッドの中に引き入れる。なまえの腕には力がほとんど入っていなかったみたいで、ちょっと間抜けな声を出しながらぽすんとワイの上になまえが乗っかった。なまえの頭が丁度ワイの頭のすぐ横にくる。ふわ、と良い匂いがした。きっとコマーシャルでばんばん宣伝されているようなシャンプーを使っとるんやろなぁ、と女の子らしさを肌で感じた。
一瞬何が起こっているのか分からなかったらしいなまえは、数秒後にばっと顔を上げてワイの顔をまじまじと見つめてきた。
「しょ、章吉くん……寝ぼけてるだけ、だよね?」
顔をひたすら真っ赤にしながら、ちょっぴり声を震わせて言うワイの彼女はたまらなく可愛い。何やもう、可愛すぎるやろ。もともと可愛いけど。
「んー、寝ぼけてるだけやでぇ。なまえ、何そんなに顔真っ赤なん」
いじわるしたい気持ちはなかなか治まらんかって、真っ赤ななまえに追い打ちをかけるように言ってしまう。するとなまえはなまえで尚更真っ赤になって、「い、いや……なんでも、ないよ」とか細い声で言った。恥ずかしさでこんなになっているなまえを見るのは初めてで、なんやワイまでじわじわ恥ずかしくなってくる。
それからは次第に寝ぼけたふりをやめるタイミングを見失ってしまって、お互いの心臓の音まで聞こえそうな距離のまま、暫くこのままでいる他無くなってしもうた。
なんやもう、仕掛けたんはワイやのにこっちまでしてやられた気分や。
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