マイフェアレディ(金城)




※大学生設定


駅の階段を駆け上がる。乗ろうとしている電車は既にホームに着いていて、次々と人を呑み込んでいく。私もその波に続こうと懸命に足を動かしてみるけれど、今日は履き慣れないスカートに下ろしたてのパンプスという最高に走りにくい格好をしているためか、なかなかホームに辿り着けない。

(こうなるなら、いつものジーンズとスニーカーにすれば良かった……!)

肩で息をしながら服装の後悔しても、もう遅い。ホームから甲高い電子音が聞こえてきて、そろそろ電車のドアが閉まってしまうことが分かる。残る階段はあと数段、ぎりぎり間に合うかどうかというところ。
間に合え、と足を力強く前に進めると、不意に右足の先が数百グラム軽くなるのを感じる。それとともに、ころころ、となんとも心許ない音を立てながらピンクのパンプスが階段を転がり落ちていった。

「ちょっと、えっ、嘘でしょ!?」

思わず大きな声を出してしまい、電車と転がったパンプスを交互に見る。片足パンプスが脱げた状態で電車に飛び込む訳にはいかない。けれどこの電車を逃すと一限の授業に遅刻することが確定する。
ええと、ええとときょろきょろしているうちにも電車のドアはゆっくりと閉まって、ぷしゅうと気の抜けた音を出しながらホームを出ていった。

「あぁー……」

電車と同じように、私からも気の抜けた声が出た。
ホームから階段へと流れる風がふわりとスカートを揺らしていったが、そんな女の子らしさは今の私にはどうでもよかった。やっぱりジーンズにしとけば、とため息を吐くだけだ。今日はゼミがあるから少しでも可愛らしい服装をしてみたけれど、こうなってしまってはどうしようもない。
朝からちょっと気が重くなりながら、パンプス回収のために左足だけ使って階段を下りていく。手摺りを掴みながらではあるがどうにもふらついて、パンプスまで辿り着くまで時間が掛かりそうだ。
なんでほぼ一番下まで落ちてちゃっているんだろう、嫌になる。もう一度ため息を吐こうとすると、ふいに目線の先のパンプスが浮いた。
え、と思いよく見ると、私のパンプスを男の人が持っている。その手から顔に目線を動かすと、それは私のよく知っている人だという事に気付いた。

「お嬢さん、落とし物ですよ」

そう言って、男の人ーー金城くんは私に向かって微笑んだ。



靴を拾ってくれた金城くんに誘われて、電車に揺られた後に向かったのは大学ではなく大学近くのカフェだった。
金城くんと私は同じゼミの生徒同士だ。彼とは時々グループワークで一緒に活動したり飲み会で話したりした事があり、その時から少し気になっている異性である。そんな彼からカフェのモーニングに誘われたのだから断るわけはなく、けれど一限の事が気にかかったので「統計学の授業が……」と言うと「一限の統計学なら今日は休講だ」と笑われた。昨日のうちに大学のホームページで連絡があったらしく、それを知らなかった私はただただ恥ずかしくなりながら金城くんを見るしかなかった。

「モーニングセットを二つ、あとホットコーヒーを……みょうじさんは何を飲む?」
「あ、私もコーヒーで」

レトロでお洒落な雰囲気のカフェは、気になってはいたがなかなか入れずにいたお店だった。初めて来たのが金城くんと一緒だなんて運がいいなと思う。例えダッシュしたのに電車に乗り遅れた日なのだとしても、運が良い日と認定して構わないだろう。
聞いたことのないけれどきっと有名であろうジャズが流れてきて、まるで洋画のワンシーンみたいだ。

「すまないな、急に誘って」

注文を取っていたウェイターが下がると、金城くんは席に深く腰をかけながら言う。

「ううん、そんな……ここ前から来たいと思ってたし、朝ご飯食べ損ねちゃったから誘ってくれて嬉しいよ!」
「それなら良かった。食べ損ねたってことは寝坊でもしたのか?」
「うっ……」

寝坊の単語にあからさまに息を詰まらせると、金城くんは休講情報を教えてくれた時と同じようにはは、と小さな笑い声を上げた。みょうじさんは面白いなと言ってくれるのは嬉しいけれど、「面白い人」と覚えられるのはちょっと複雑だ。
話を変えようと思い、えっと、と呟きながら話題を探す。

「金城くんはさ、ここよく来るの?」

私は怖気付いてきょろきょろとしていたが、金城くんはスムーズに入店しスムーズに注文した。慣れているのだろうか、こういうのに。いつも別の女の子と来ていたりするのだろうか。そういう事も気になりつつシンプルな質問をすると、そうだな、と顎の辺りを触りながら金城くんは答える。

「一限が無い時とかは一人でよく来る。食べないと力が出ないが、朝ご飯を自分で作るのは面倒だからな」
「金城くんにも面倒に思うことってあるんだ。真面目なイメージがあったから……」
「俺はそんなに真面目じゃないぞ」
「えぇー、そうかなぁ」

よく一人で来るということは、今日みたいに誰かを連れてくることは殆どないという事だろうか。でもそれ以上根掘り葉掘り聞くのも不躾すぎるので止めておく。
そんな話をしていると、モーニングプレートとコーヒーが運ばれてきた。プレートの上には良い匂いのする厚切りトーストと、サラダやスクランブルエッグが乗せられている。普段の私の朝ご飯の三倍くらいお洒落で、朝にこれを食べるなんてなんだか不思議な気分になった。

「お洒落だ……」
「普通のモーニングなんだが」
「いやでも、なんかお洒落なんだよ」

思わず呟くと、コーヒーをブラックのまま飲んでいる金城くんが反応する。その姿は格好良く決まっていて、コーヒーにミルクや角砂糖をドボドボ入れるタイプの私とはかけ離れていた。
私はトーストと手に取って、ぱくりと食べる。朝はだいたい昨晩の残り物を食べている私にとって、こんな朝食は新鮮だ。「ティファニーで朝食を」という映画と同じくらい洋風でお洒落なものに見える。「ティファニーで朝食を」を見たことはないので詳しいことは分からないが。

「金城くんといるとさ、なんか……普段の私じゃ無くなる感じがあるんだよね」

もぐもぐとトーストを噛んだ後、口を空っぽにしてから口を開く。サラダを綺麗に食べていた金城くんはそれを飲み込んでから「それはどういう意味でだ?」と小首を傾げた。

「金城くんといると、なんていうかお洒落な雰囲気になるの」
「そうか?洒落たことはしているつもりはないが」
「じゃあ自然にお洒落なことをしてるんだよ、金城くん。変なこと言ってるかもだけど、レディっぽくなれるっていうか……」
「それはみょうじさんの元々なんじゃないか?今日だって可愛らしい服を着てるだろう」
「あ、これは……」

金城くんに言われ、自分の格好を改めて見る。履き慣れないスカート、下ろしたてのパンプス。トップスはブラウスで、いつもの服装とは違う。
これは今日、ゼミがあるから着てきた服なのだ。ゼミで金城くんと会うと思ったから、ゼミの日はお洒落な服を着てくるのだ。
自分の服装から視線を上げて、金城くんを見る。やっぱり私をレディにしてくれるのは金城くんなのだ。だけどそんな事を言える訳はないから、私は曖昧に笑ってみせた。








「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -