お前を愛してなんかやらない(手嶋)




恋の噂なんてものは、伝染病のように拡がる。人を伝って偶には尾ひれもついて、ニコニコしながら一人歩きを始めてしまう。信頼している極少数に言っただけだとしても、三日後に数十人に拡まっているなんてことはザラにあるのだ。だから心の内に抱えている恋煩いを人に話してしまうなんて、そんなことをするのはほぼほぼ自殺行為である。
そんなことを心に留めておいたにも関わらず、つい数日前に友人にちっぽけな恋の話を漏らした私は今、窮地を迎えている。

「みょうじってさ、俺のこと好きなの?」

昼休み、トイレから出て濡れた手を自然乾燥させていると、手嶋純太が目の前を通った。知り合い以上友達未満、そんなクラスメイトという間柄。すれ違ったからと言って毎回声をかけるような関係ではないのだが、今回ばかりは手嶋が私に気付いて「よっ」と軽く挨拶をする。私も片手をひらひらとさせてそれに答えると、手嶋は思い出したかのように「俺のこと好きなの?」と突然聞いてきたのだった。

「………は?」

突然に全く予想していなかった台詞を言われたので、まるでフリーズした機械のように低い音を出して、上手く応答ができなくなる。
手嶋純太という男は、流れをぶった切っていきなり根拠もなくこんなことを聞いてくるような人だっただろうか。いやそんなはずはない、じゃあ何故こんな脈絡もなく。
動きが止まってしまった私を見て、手嶋は「あれ、もしかしてあの噂マジだった?」とまたもや疑問符を付けて発言をした。ふわふわした天然かどうか分からないパーマを揺らしながら、首を左に傾けて。

「……あの噂って?」

恐る恐る聞いてみると、手嶋は自身の関係している噂なのにも関わらず特に気にした様子もなく、ぺろっとネタばらしをする。

「今朝聞いたんだけど、みょうじが俺のこと好きだとかそういう話」
「……な、なにそれ!」

何故それを私に向かって、いつもと表情を変えず言えるのか。というか何だ、その噂は。驚き過ぎてついつい吃ってしまったじゃないか。
ぐるぐると頭の中を色んな思いが駆け巡る中、つい先日の友人との会話を思い出す。恋バナに勤しんでいた友人を眺めていたら、「なまえもなんかないのー、恋の話」と催促されたのだ。特に無いよと言って乗り切れるものじゃないのは、女子高生なら皆わかると思う。彼氏もいないし長年恋をしている相手もいない私はううむと首を捻って考えた末に、最近気になっている男子の名前を挙げた。それがクラスメイトの手嶋純太だったのだ。
気になっている、と言ったのにも関わらず「好きな人」に昇格してしまっているのは、噂の恐ろしいところだと言わざるを得ない。こんな風にべったりと尾ひれを付けられて、一体何人もの人が噂の犠牲になったのか。

「……それ、友達にしか言ってないはずなんだけど……」

はぁぁ、と無意識にため息が流れ出る。こんなに即座に拡まるものだとは、しかもあんなちっぽけな情報を肥大化させて伝えていくとは思わなかった。手嶋も手嶋で、同情するわ、と苦笑する。噂の相手に苦笑されるのも、何となく堪えるものがある。

「誰か一人に恋バナ漏らせばこんなに拡がるんだから、困ったもんだよなあ」
「ほんと困るよ……それに私、手嶋との未来を望んでるわけでもないし」
「あれ、そうなのか?」

私が言うと、手嶋はほんのちょっとだけ眉を下げてみせる。その様子はなんとなく可愛らしかった。

「私は手嶋が気になるって言っただけで、好きとかそこまでじゃないよ。噂に尾ひれがついただけ」
噂が本人まで到達していたショックから若干立ち直ってきたわたしは、淡々とした声でそう告げる。
そうだ、私は手嶋がただなんとなく気になっているだけなのだ。恋愛感情を抱いているってほどではない。だから恥ずかしがることはないのだ、きっと。
手嶋はそんなにめちゃくちゃイケメンという訳じゃないし、特別何かが出来る訳じゃない。程よく顔が良くて、程よく色々なことが出来て、部活も主将として頑張っているらしいと小耳に挟んだくらいだ。そんな人が気になるのは自然の摂理だと思う。別に、ほんとに、好きとかそういう地点には届いていない。
そうやって頭の中で言い訳を沢山連ねる。それで私自身はとても納得してしまったのだけれど、目の前の人物は納得していないようだった。

「そんな恥ずかしがらなくてもいいんじゃね?」
「は、恥ずかしがってる訳じゃ……」
「はいはい、とりあえず落ち着けって」

どうどう、とまるで暴れ馬を諌めるように手のひらを私に見せる。どうやら手嶋は、私が恥ずかしいから色々と言い訳をして誤魔化そうとしているのだと思い込んでいるらしい。
そんなに自分の都合良く解釈をしないでほしい、こういう人がいるからきっと噂にはゴテゴテした尾ひれがくっついていくのだ。

「なんでそんな、手嶋って自信満々なの」

呆れつつ言うと、何の話だとでも言うようにへらっと笑う。

「だってみょうじ、俺のこと好きだろ?」
「気になってるだけだって」
「それはもう好きってことだろ」

私の反論を許さない手嶋は独自の論理を展開する。
気になってるイコール好きというのは、結構雑すぎる論理じゃなかろうか。それを言うなら最近流行りの俳優だって恋のお相手になってしまうし、もっと言うなら最近優勝した力士にだって恋をしていることになる。
そう言うと、手嶋はまだへらへらとした笑顔を浮かべたまま「そういうのはジャンルが違うだろ」と返してくる。ああ言えばこう言う奴だ。

「第一みょうじさ、気になってるだけって言いつつも俺のこと見過ぎ」
「えっ」
「さっきもだけどさ、トイレ出てきてすぐに俺を見つけてたじゃん。でもバレないように声かけなかっただろ」

手嶋は少し得意げに、私は少し驚いてお互いを見た。私はそんなつもりで手嶋を見てはいないはずだ。そんなんじゃない、と反論すると「じゃあ無意識なんだろ、重症」と更に笑われてしまった。
どうやら今の私には、手嶋を論破する事など不可能のようだ。一応気になる相手なのに、今は親の仇に見えなくもなかった。

「ほんと、そんなんじゃないし……ちょっと気になってるってだけだし」

ぼそりと口を尖らせながらそう言っても、やっぱり手嶋はそれを良しとしない。なんでそんなに頑ななのかと問うと、好きって言ってもらいたいし?と訳の分からない返答をされた。正直、思考停止に陥りそうだ。

「認めない限りこの場を動かないからな」
「いやもう、トイレしに来たんでしょ手嶋。行きなって」
「だから好きって言ってくれりゃあさっさと行ってやるよ」

へらへらとした笑みから一転、なんだか企んでいるような表情に変わる手嶋。こんな腹黒そうな顔も出来るのかと手嶋の新しい一面を知って得した気分になって、すぐに「違う違う」と頭を振る。
論破されっぱなし、負けっぱなしなんて癪だ。だから絶対に、好きだなんて認めてやらない。








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